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2011/08/12

松根宗一

 松根宗一(まつね・そういち、1897年4月3日―1987年8月7日)
 愛媛県宇和島市生まれ。1923年、東京商科大学(現一橋大学)卒業後、日本興業銀行に入行。

 1932年、電力連盟書記長。その後、理研工業副社長、理研ピストンリング工業会長に就任すると同時に東京電力顧問に就任。

 1955年には電気事業連合会専務理事、1959年には電事連副会長。
 1956年の日本原子力産業会議(現日本原子力産業協会)発足当初から常任理事として参加。

 1962年から1973年まで日本原子力産業会議副会長を務めた。
 1970年から経団連エネルギー対策委員長。1984年から通産省総合エネルギー調査会原子力部会長を務めた。1967年、勲二等瑞宝章、1976年、勲一等瑞宝章。
 このほかの肩書として日本原子力発電会社取締役、日本原子力産業会議・核燃料問題懇談会座長、原産・総合企画委員会初代座長、原産・政策会議の議長、原産会議顧問、アラスカ石油開発会長、大同特殊鋼相談役、科学技術庁顧問など。

 自民党の田中角栄氏と「深い交際」(田中角栄「私の履歴書」日本経済新聞社、1966年)があったほか、核燃料サイクルの推進、電源3法の制定や東京電力柏崎刈羽原子力発電所の建設に深くかかわった。原産会議初の海外視察に参加したほか、戦後日本の原子力政策のほとんどに関与したといっても過言ではないと思われる。

 ※以上の情報は、原子力産業新聞、日外アソシエーツの『ジャパンWHO was WHO 物故者事典1983~1987』などをもとに作成した。
 いまだ松根宗一氏についての評伝がないのが、まったくもって不思議である。
 宇和島出身ではほかに、松根姓の歴史上の人物がいる。

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