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2011/01/30

「開国」していない「外交」

 ナオト・カン(日本を属国にしたい意図をもっている人なのでこう呼ぶ)が「開国」という言葉を連発するたび、彼の歴史意識の低さ、歴史にたいする知識の欠落に、毎度のように怒りを覚える。歴史学者は、なぜナオト・カンを批判しないのだろうか。愚かな首相のヘンテコリンな発言、この一点をもってしても、ナオト・カンは首相としてふさわしくない。誤った認識を国民に広げる「公務員」は教育に有害である。もしくは税金を支出する対象人物としてはふさわしくないと判定する。

 現代日本が「開国」していないと誰が証明できよう。サッカーでは「他国」と実に良いたたかいをしているではないか。輸入食品もどんどん入ってくるし、輸出もどんどんしている。海外旅行に行く人も毎年のようにいるし、「外国人」は日本各地にいるではないか。「出国」は、金銭的な自由がともなえば、いつでも可能である。アメリカに対しては「開国」以上に「属国」として仕えている。「開国」という名で推進されるTPPで、日本の食料安保はさらに危機的な状況になることが予想される。沖縄にある米軍基地は一体何なのだろう。日本の首都にも米軍横田基地がある。米軍は日本政府の許可なしで出入り自由。逆に航空管制では米軍の許可がいる。いわば狂ったような「開国」である。

 北朝鮮に対してだけは「開国」していないといえる。これは長年の日本による朝鮮にたいする植民地支配の歴史、および北朝鮮現政権の王朝風軍国主義国家ぶり、核・拉致などの問題が影響している。逆にナオト・カンが北朝鮮をはじめとする東アジアの平和構築に主導的にとりくんでいるだろうか。北朝鮮問題や領土問題をセイジ・マエハラにまかせきりにして、アメリカ政府のご機嫌をうかがって「外交」を行い、アメリカ政府と行動を共にしているだけである。千島列島を早くロシアから返還させよ。韓国の竹島領有をあいまいにするな。中国の尖閣諸島へのちょっかいを許すな。みずからの怠慢のつけを国民になすりつけるのは、やめてもらいたい。いまなすべきは、戦争につながるような要素を「外交」で一つ一つ解決していくことである。あまりもやるべきことは、はっきりしているのに、それに気づかないナオト・カン。大丈夫ですか?

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2011/01/15

閉塞感の極み

 昨年末、久しぶりにスキー場に行き、パウダースノーの絶好のコンディション、スキー客あまりいないゲレンデにもかかわらず、あまり滑ることができなかった。足の力が弱ったのを実感。転ぶことすらできない体力低下。旅館で見たテレビでは、まんじゅうのCMばかり流れている。温泉でアトピーのかゆみ軽減。元日は、読売、朝日、毎日など社説読み比べるも、同じような論調の紙面に閉口。話題の小説のほか、歴史関係の本、「十二年の手紙」再々読。文学はかくありたいもの。つまり、どうしても伝えたいことを、全力で書く。知性と愛情をこめて。『ヨーロッパ中世ものづくし』(岩波書店)は、なかなかの労作。訳者の高橋友子さん、すでに物故されたと知り、ショック。すぐれたイタリア中世史・ルネサンス史の研究者だった。

 傷心で見た映画「最後の忠臣蔵」が予想外に健闘。なんだろう、あの若い俳優さんはリアル。演出がうまいのか。それにしても、長らく通っていた映画館が閉館に。閉館を惜しむ寄せ書きが物悲しい。菅第2次改造内閣に与謝野馨が入閣したのを見て、珍しく週刊誌に書いてあったことが現実になったのを目の当たりにした。与謝野入閣、実は民主党政権の必然であることを知る。ナオト・カンは、国民の政治不信をあえて高める作戦に出たか。枝野官房長官のだらだら会見に嫌気倍増。内閣改造のウラで、ゲーツ国防長官来日のニュース霞む。日米同盟で日本の暗黒到来か。日韓の軍事協力が進展すれば、いよいよ朝鮮戦争に本格的に巻きこまれる事態に。朝鮮戦争はいまだに休戦状態。東アジアの緊張緩和の方策についてナオト・カンは言及しない。江田五月もうざい。「菅さん、菅さん」とナオト・カンが人気があるかのように錯覚している。マニフェストに言及する閣僚少なし。「自由」という言葉が乱暴に使われ、アメリカ政府いいなり、日本経団連いいなりの主張ばかり。まさに閉塞感の極み。

 アドルノ的賞の第3回は、該当者なし。というより、選者側の都合で、該当者なし。これも閉塞感。

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