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2010/07/26

北山修 アドルノ的人物伝

 アドルノ的な人物が7月26日、珍しくNHK教育テレビの番組に登場したので、少し興奮している。

 北山修氏。ザ・フォーク・クルセダーズで「帰ってきたヨッパライ」を加藤和彦氏や、はしだのりひこ氏らと歌い、戦後の一時期、脚光を浴びた人物である。音楽の世界から精神分析の世界へゆき、九州大学教授を退官した最後の授業がテレビで初めて公開された。

 子どものころ、「おらは死んじまっただあ~」のフレーズを何度聴いたことか。一度聴いても忘れない、あのレコード早回し調の歌声。

 番組の内容を少しでも書き留めておかないと忘れそうなので、断片的なメモを残しておきたい。かくいうアドルノ的筆者は、体調不良で、死にそうである。いや、すでに生きながら死んでいるのかもしれない。
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 「北山修 最後の授業 テレビのための精神分析入門」 NHK教育テレビ 2010年7月26日(月) 4日連続で放送するらしい

 ウラ(こころ)から考える 

 北山修氏は九州大学大学院教授 精神科医 臨床心理士 元ザ・フォーク・クルセダーズ(当時22歳)で、はしだのりひこ氏や加藤和彦氏と活動。その後、精神科医の道へ

 以下は、北山氏の講義でのレジュメや言葉

 現代はテレビ化された社会 筑紫哲也「テレビに出るということは、魂を売ることだ」
 テレビカメラの前でテレビを分析する実験

 テレビの潮流 歌からお笑いへ

 お笑い番組は、ウラをどさくさに紛れて表出させるシステム

 <ウラ>とは心を指し示す

 ジクムント・フロイト 心眼

 想像力を奪うテレビ

 人は漆黒の闇でおうし座を想像する。見えないと人は想像し始める。空想し始める。
 クリエイティブな力 私達は星座を作り出す能力を失ってしまった

 「帰ってきたヨッパライ」(1967年)
 「戦争を知らない子供たち」(1971年)北山修 作詞 杉田二郎 作曲

 25歳のころ、討論番組で若き論客。京都府立大学医学部、札幌医科大学、ロンドンへ留学。精神科医になる決意

 クライアント 患者の悩みを聞くこと。「こちらの方がおもしろいと思ったから」
 ラジオ番組に出演

 <心>を言葉にする 心の裏側の領域を言語化する
 名付け 
 カタルシス効果 浄化法
 意識化
 筋を通すこと 秩序のもとに置くこと
 
 言葉にすると心の内容が変質する 心が部分的にしか表現されない

 言葉は人生を物語にする

  「臨床心理学は、言葉なしに成立しないと思う」

 無口な日本人だが… ここだけの話となると皆話し始める

 誰が見ているかわからないテレビで、ウラの話ができるだろうか?

 「いまなんとなく流れている白々しい感じ。ココを重視するテレビ番組がでてきたら。どういうふうにオンエアーされるか」

 


 

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コメント

この講義の内容は、ノーカットでみすず書房から「最後の講義」として出版されています。また、テレビ版だけではなく、京都での国際会議などでの講義録も入っていて、とても素晴しい本です。ぜひご入手を。

投稿: こんにちは | 2010/07/27 02:11

コメントありがとうございます。
 さっそく、北山修さんの本を入手したいと思います。以前、書店で見かけた記憶があるのですが、「帰ってきたヨッパライ」のイメージが強烈すぎて、手が伸びませんでした。アドルノ先生(1903~1969)も生きていたら、北山修氏に関心を示すに違いないと勝手に思っております。
 しかし、現代日本に北山修氏のような方がいるのは、一つの希望ですね。

投稿: アドルノ的 | 2010/07/27 23:27

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