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2010/07/27

北山修② アドルノ的人物伝

 ひきつづき、「北山修 最後の授業」第2回 NHK教育テレビ 2010年7月27日(火)

 ※北山修氏に対して、頭を冷やして、いじわるな見方をすれば、「世の中をうまく立ち回る、世渡りのうまいおっさん」との印象もある。一方で、とても賢い男のイメージ。ほんとうに、彼は、精神科医として「患者」や「時代」に向き合ってきたのだろうかという批判や誤解もあるだろう。番組の第1回の放送では、そのあたりのところがよくわからなかった。「テレビ」を意識しすぎているのは、北山氏自身なのではないかとの感想すら持つ人もいただろう。これまでのところ、この「テレビ」番組では一方通行で、北山氏の実像は、よくわからない。第2回の放送では、そういう視聴者の偏見に満ちた見方に対して「おれは人間なんだぞ」と逆襲する北山氏によるスリリングな反論が開始される。
 以下は、番組を見てのメモ書き。間違いもあるので、要注意。

 番組冒頭は、九州大学の研究室の映像とザ・フォーク・クルセダーズの回顧映像。
 「なぜ私は臨床心理学をやったのか。…作詞家だったことがこの仕事に就かせたこともあった」と語る。

 テレビのための精神分析入門 第2回
 マスコミュニケーションVSパーソナルコミュニケーション
 「臨床心理学はウラの仕事といえるでしょう」
 なぜ臨床心理学を選んだのか 300枚のレコードを自己出版
 
 作詞家と精神科医の共通点 「私は、防人歌が良い例だと思うが、国語の教科書に向けて書いたのではない。自分の妻や妹に書いた。…個人のパーソナルな思いを歌にのせたときに、私の心は置き去りにされた」

 ◎作家の重松清氏との対談シーン
 重松氏「言葉の人だから、言葉そのものに説得力があるなあと思って聞いていました。…言葉と心の関係、テレビとともに育った世代だから、テレビの影響が、学問を学ぶ以上の切実さで迫ってきたんです。…2010年のこの状況を考える意味でも、北山さんのメディアとの関係はおもしろい」

 「あの素晴らしい愛をもう一度」の歌

 重松 言葉は、オモテの意味しか伝えられないのが原則だと思いますが、北山さんの作詞家としての流儀は?
 北山 歌いながらつくれないと、作品はダメだと思うんですよ。…作詞の方が先だとメロディーがないまま作らないといけない。…
 重松 先にメロディーがあることによって制約になるのか、それとも
 北山 曲がなかったら、カラオケにいって、違う歌(詞)で好きな歌を歌っている。替え歌。間違って歌っているととられる。…冗談 言い間違え 新しいクリエーション(創造) …
 重松 言葉遊びで文学にもっていくことはあると思うんですね。ある物書きの人が、奥さんを亡くした悲しみを、短歌という定型のなかで素直に表現できるとおっしゃっている。
 北山 メロディーがないと歌にならないと同じですよね。…定型というと何か制約のように感じるかもしれないけれど、受け皿がないと…
 
 北山 インタビューをしている瞬間を重松さんや視聴者は見ている。表面的につくっているのであって、ほんとうの私の姿はここで見えていないと思う。ほんとうはNHKで流せないことを言いたいことを押し殺している。…ほんとうっていうのは、ここにはないと考えた方がいい。
 重松 求められている自分
 北山 マスコミで1年間、ライトを浴びて、眩しい思いをして、みんなの前で語ったり、歌ったりしたが、そこでは演じることを求められている。みっともないところは全部編集されてしまうと思いました。…

 重松 ビデオの普及が大きいと思っていまして、ほんとうの自分とそうでない自分に相当影響があると思うのですが。
 北山 いま、重松さんとお目にかかって、1時間で、親しいともなんともいえないわけですよ。でも親しげに話さなければならない。…僕にとってほんとうのことは、まだ、なんかお芝居している感じ。予定しながら話している感じ。…この事態についていけてない私を感じている。オモテとウラをわけたときに、重松さんとお話しているから、お酒飲んだら違う話になるかもしれませんよと。…小さなスピーカーで再生し、小さな液晶に収められてしまうと、けっこう操り人形としてよくできているじゃないという人を前に、…人間なんだぞという思いに目を向けてくれるだろうか。

 ※28日以降の番組は、日を改めてフォローしたいと思います。悪しからず。

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2010/07/26

北山修 アドルノ的人物伝

 アドルノ的な人物が7月26日、珍しくNHK教育テレビの番組に登場したので、少し興奮している。

 北山修氏。ザ・フォーク・クルセダーズで「帰ってきたヨッパライ」を加藤和彦氏や、はしだのりひこ氏らと歌い、戦後の一時期、脚光を浴びた人物である。音楽の世界から精神分析の世界へゆき、九州大学教授を退官した最後の授業がテレビで初めて公開された。

 子どものころ、「おらは死んじまっただあ~」のフレーズを何度聴いたことか。一度聴いても忘れない、あのレコード早回し調の歌声。

 番組の内容を少しでも書き留めておかないと忘れそうなので、断片的なメモを残しておきたい。かくいうアドルノ的筆者は、体調不良で、死にそうである。いや、すでに生きながら死んでいるのかもしれない。
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 「北山修 最後の授業 テレビのための精神分析入門」 NHK教育テレビ 2010年7月26日(月) 4日連続で放送するらしい

 ウラ(こころ)から考える 

 北山修氏は九州大学大学院教授 精神科医 臨床心理士 元ザ・フォーク・クルセダーズ(当時22歳)で、はしだのりひこ氏や加藤和彦氏と活動。その後、精神科医の道へ

 以下は、北山氏の講義でのレジュメや言葉

 現代はテレビ化された社会 筑紫哲也「テレビに出るということは、魂を売ることだ」
 テレビカメラの前でテレビを分析する実験

 テレビの潮流 歌からお笑いへ

 お笑い番組は、ウラをどさくさに紛れて表出させるシステム

 <ウラ>とは心を指し示す

 ジクムント・フロイト 心眼

 想像力を奪うテレビ

 人は漆黒の闇でおうし座を想像する。見えないと人は想像し始める。空想し始める。
 クリエイティブな力 私達は星座を作り出す能力を失ってしまった

 「帰ってきたヨッパライ」(1967年)
 「戦争を知らない子供たち」(1971年)北山修 作詞 杉田二郎 作曲

 25歳のころ、討論番組で若き論客。京都府立大学医学部、札幌医科大学、ロンドンへ留学。精神科医になる決意

 クライアント 患者の悩みを聞くこと。「こちらの方がおもしろいと思ったから」
 ラジオ番組に出演

 <心>を言葉にする 心の裏側の領域を言語化する
 名付け 
 カタルシス効果 浄化法
 意識化
 筋を通すこと 秩序のもとに置くこと
 
 言葉にすると心の内容が変質する 心が部分的にしか表現されない

 言葉は人生を物語にする

  「臨床心理学は、言葉なしに成立しないと思う」

 無口な日本人だが… ここだけの話となると皆話し始める

 誰が見ているかわからないテレビで、ウラの話ができるだろうか?

 「いまなんとなく流れている白々しい感じ。ココを重視するテレビ番組がでてきたら。どういうふうにオンエアーされるか」

 


 

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2010/07/17

否定と拒否の態度

 劇作家・井上ひさしの作品「紙屋町さくらホテル」は、新国立劇場の開場記念、いわゆる「こけら落とし」のために書かれ、公演された。

 この戯曲には、井上ひさしの分身としての「大島輝彦」なる言語学者が登場し、次のように語る場面がある。

 大島 ひとはそれぞれ違った言葉を話しています。しかし、否定や拒否の態度を表そうとするとき、そのときに限って、奇妙なことに一致してN音を使う。逆に言うと、否定と拒否の態度を忘れたとき、人間は人間でなくなるのではないか……。

 もちろん、この戯曲には、ヒロシマへの原爆投下、および、演劇とは何かを考えさせる名文句がたくさん出てくるのだが、『否定弁証法』の著書を持つアドルノ先生(1903-1969)に学ぼうとするとき、「大島」が語る、この言葉に注目しないわけにはゆかない。

 なにごとも否定ばかりしていては、ものごとは進まないという。しかし、否定と拒否にも、人類がかちとってきた重要な意味はある。そう考えたい。

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