« 消費税増税は不可避と煽りたてるウソメディア | トップページ | 日本の大資産家、北朝鮮「脅威」論、そして、アメリカの投資家 »

2010/06/21

ハーバード白熱教室と日本

 NHK教育テレビで放送されていたマイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」が最終回を迎えた。再放送が翌週の土曜深夜(日曜未明)なので、見逃した場合はフォローできる。

 この講義をもとにした『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)という本が出ていて、これが哲学書としてはバカ売れしている。かなり難解な本なのに売れるという現象は、かつての西田幾多郎『善の研究』か、浅田彰『構造と力』を想起させる。新自由主義の価値観が持ちこまれ、カネこそすべてみたいな観念がまかりとおる時代に「正義」とは何かを考えるのは、新鮮なのかもしれない。新自由主義者は、ウソをつくことも平気である。「この顔がウソをつく顔に見えますか」と言ってウソをついたヤスヒロ・ナカソネの時代に浅田彰の本が売れ、エセ自由主義的な風潮もあった大正デモクラシーの時代に西田幾多郎の本が売れたのも何かの縁ですかね。ウソつき民主党政権が支配する価値観の混乱した時代には、哲学書が読まれるということか。

 この本の推薦文を、性道徳崩壊の体験者、宮台真司教授が書いているのはご愛敬。人間は、絶対矛盾的自己同一(「善の研究」)だから許容されるのか、果たして皮肉の意味か。謎が謎を呼ぶ。

 話は横道にそれるが、アメリカ資本は、なんの変哲もない薄型ミニパソコンを「電子書籍」と銘打って「日本人」に売ったり、書生っぽい講義を「白熱教室」と名づけて「日本人」に売りつけるのがうまい。しかし、白熱した論議が行なわれているのはアメリカの大学だけなのだろうか。フランスでは高校で哲学の討論をするというし、日本でもコメディアンの爆笑問題によるアカデミズムに対する煮え切らないツッコミの番組がある。日本でも、どこかで対話的な講義が行なわれているのではないだろうか。こうした「正義」をめぐる哲学的テレビ番組を日本でもつくるべきなのではないだろうか。アメリカ製の舶来品を喜ぶのも、そろそろ止めにしたいところだ。

 マイケル・サンデル教授は8月に来日して「日本人」を相手に講義をする。通訳を介しての講義になるのか、それとも「英語がしゃべれます」みたいな人が手をあげて英語でやりとりすることになるのか。おそらく、「英語がしゃべれます」みたいな人がどんどん手をあげて英語で質問する気がする。英米の人を招いたシンポジウムって、「日本人」の英語自慢の集いになる可能性が高い。日本に来たら、日本語でやりとりしてほしい。

 サンデル教授の講義は「私達は当初、なぜ、永遠に解決できない質問を提起しながらも、これらの議論が続いているのかと尋ねた。その理由は、私たちは日々、これらの質問に対する答えを生きているからだ」と述べ、「この講義の目的は、理性の不安を目覚めさせ、それがどこに通じるかを見ることだった。われわれが少なくともそれを実行し、その不安がこの先何年も君達を悩ませつづけるとすれば、われわれは共に大きなことを成し遂げたということだ。ありがとう」と締め括る。
 この講義は、生きることが哲学と等しく、「理性の不安が、批判的な考え方や政治的改善、道徳生活さえも画期づける」という信念に支えられている。

 千葉大学の小林正弥教授によると、善の問題を原理と具体例の往復をして考えるソクラテス的な対話の方法を用いて、今日の世界に対して「サンデル教授は、善をはじめとする倫理的問題を正面から直視し、それをわれわれが考えていくことが大事ではないかと問いかけているように思われるのです。これは実は、今日の社会の根底に迫る非常に重要な問いかけであり、サンデル教授の政治哲学は、これに対する新しい挑戦をしていると私思います」と語る。

 狂った社会でいかにして正しい生活ができるかというアドルノ先生(1903-1969)の道徳哲学の講義も、新たに注目する必要があるように思う。アドルノ先生の場合は、道徳という言葉と倫理という言葉を厳しく区別する。

 サンデル教授の議論では、アリストテレス、ロック、カント、ベンサム、ミル、ロールズ、ノージックなどの哲学者の議論を論争的に紹介していく。アジアやイスラム圏の哲学者が俎上にのせられないのは残念である。日本では政治哲学というより、政治思想史というかたちをとって検討されてきた分野で、どちらかというと、南原繁、長谷川如是閑、丸山眞男、藤田省三、福田歓一、石田雄、加藤節、千葉眞、小林正弥という系譜が考えられるかもしれない。結局、丸山眞男の系譜になってしまう。日本の政治哲学者(そういう人がいるかどうか)も独自の「正義論」を開陳してほしい。いまのところ、政治と道徳を結びつけて真剣に考えているらしいのは鶴見俊輔以外にいない感じがする。そういえば鶴見俊輔もハーバード大学の哲学出身。伝統は生きているということなのだろう。

« 消費税増税は不可避と煽りたてるウソメディア | トップページ | 日本の大資産家、北朝鮮「脅威」論、そして、アメリカの投資家 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/38028/48682740

この記事へのトラックバック一覧です: ハーバード白熱教室と日本:

« 消費税増税は不可避と煽りたてるウソメディア | トップページ | 日本の大資産家、北朝鮮「脅威」論、そして、アメリカの投資家 »