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2010/03/29

アドルノ先生と学生運動

 アドルノ先生(1903~1969)に影響を与えた人物というと、マルクス、フロイト、ニーチェということになるらしい。普通は、この3人の誰かに影響を受けるのだが、3人からそれぞれ濃厚な影響を受けるところがアドルノ先生である。最近の思想家でこの3人に匹敵するような影響を世界の人々に与えている人物がいるのだろうか。どうもいないように思う。いまだに、その思想は古びる気配がない。アドルノ先生の師匠ベンヤミンの思想も面白い。それに比べると、民主党政権のくだらない古証文と化したマニフェストなど、もはや読むに値しない。官僚を前にマニフェストを振りかざした厚生労働大臣がいたことも今は昔。いまや「民主党後」を考える時期に来ている。

 アドルノ先生の書き残したものを読むだけでも難儀なのに、この3人のものを読むとなると、さらに一苦労である。それでも、読まないより、読むほうがいいし、偉大な3人の本は、無類の独創性、徹底性、面白さがある。アジアにも読むべき思想家の本は、たくさんある。アジアの人たちと話したい。できうれば、アドルノ先生もアジアに目を注いでほしかった。それでも、フロイトにも読むべき隠れた名著はたくさんあるし、晩年は狂人と化したニーチェの言葉にも、何かしら読む者に突き刺さるものがある。ニーチェを頭から拒否しないところにアドルノ先生の懐の深さがあるような気がする。

 最近、全共闘運動を回顧したり、思想的に位置付けようとする本が徐々に増えている。全共闘世代の読者を想定した「市場」ありきの出版のようにも思える。もちろん、それだけではないだろう。暴力に反対だったアドルノ先生が亡くなった1969年は、まさに学生反乱後の時代である。フランクフルト学派の学者たちの理論も、学生運動を応援するものとなり、一部の学者は公然と応援した。アドルノ先生は、そういうなかにあっても、学生運動と距離を置き、蔑まれた。ほんとうにアドルノ先生は、非政治的だったろうか。このあたりは、研究課題。

 なぜ、学生運動は衰退していったのか。日米安保条約に反対し、平和を志向する運動の積極面はどこへ行ったのか。80年代後半、すでに衰弱していた学生運動は、明らかに60年代、70年代の文化を引きずっていた。「革新」と名のつくものは露骨に攻撃され、マスメディアからは「進歩」的芸能人が駆逐されていった。貧しさは変わらないのに、虚脱感にあふれた歌に心を躍らされ、たたかいの歌は隅に追いやられていった。学生のパワーは別の方向(3S=セックス、スポーツ、スクリーン)に逸らされていったと見るか、それとも衰退するべくして衰退していったと見るかで議論がわかれるところであるが、そんな俗論にくみしている時間はない。

 少なくとも、はっきりしているのは、暴力を容認する学生たちの運動が、そもそも支配層側と密かに通じていた(当時、TBSラジオが暴いた)のであり、俗に言う「泳がせ」政策によって支配層が巧妙に一部の学生運動を敗北の方向にもっていったということである。主な全共闘(当然のことながら、全共闘世代のすべてがダメだったわけではない)の「闘士」たちは、予備校講師として生活したり、北の海で漁師となったり、故郷へ帰り、海外へ出ていった。ある者は学習院大学教授(故人)となったり、ある者は、支配層の経済学、経済戦略の一翼を担い、シンクタンクで常に支配層を応援するイデオローグの「役割」を担っている。変節というほかない。東京教育大学を筑波大学へと再編し、受験競争の中に子どもと家族を追い込み、固定させ、「新中間層」なる概念をつくって、「中流」の「消費」生活で国民が「満足」する「幻想」をふりまいていった。アメリカを儲けさせるための「構造改革」で何もかも解決するような嘘をばらまいた。

 ところが、「痛み」を押しつけられた安保世代や全共闘世代とその子どもらに「幻想」も通用しなくなり、貧富の格差が隠しようもなく露わとなって、財界とアメリカを応援する「自民党政治」を倒すところまできた。今、本当に危機的な状況を迎えているのは支配層の側なのである。曲がり角を迎えているのは新聞やテレビではない。支配層を応援してきた新聞やテレビも曲がり角を迎えているのである。

 たたかいは、目に見えないところで続いている。安保闘争をたたかった世代が、「平和」を軸にして結集し、憲法第九条を守り、発展させる運動をしている。日本の支配層の読み違えは、「平和」が核兵器によって守られるという旧態依然たる思考から一歩も出ないところにあり、それを国民が支持してくれると安穏と期待するところにある。民主党政権も守旧派である。そのことを、日米核密約、米軍基地問題が教えてくれた。ほんとうに「戦後」の思想というものがあるとすれば、それは「平和」を追求し、「生存権」の思想を実践することである。イラク戦争やアフガニスタン戦争に加担した勢力を容認することではないだろう。

 類い稀なコメディアンである松元ヒロの舞台を見て触発されたので、久しぶりにダラダラと書いてしまった。うそうそとしたもの、ごまかしの政治的虚飾をはがしてくれる芸人は貴重である。立川一門の口演にも参加するらしい。秋のソロ舞台が楽しみである。

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2010/03/16

ある古書店の閉店

 行きつけの古書店が閉店して、気晴らしの場所を一つ失った。そこは隣駅の近くにある古本屋さん。閉店した日は、「最後のお客さんだ」と店主は言って、いつもより安く売ってくれた。

 いつも演歌が流れ、「あ」行から「わ」行にいたる作家名順に並んだ文庫本コーナーからマンガ、小説、画集なども天井近くまで積み上げられて、充実していた。おそらく大地震がくれば、大変なことになったろうが、今は昔。店の奥には、忘れられたアイドルの裸写真集が並ぶ「アダルト」のコーナーがあったりもしたのだが、奥まっていないスペースには、80年代に芥川賞を受賞した小説が並ぶコーナーがあり、ミステリー作家の新しい作品、大庭みな子、日野啓三の小説がまとまって集められ、そして、なぜか大阪の歴史(もちろん、大坂と書かれていたころからの歴史)の本(宮本又三の本はほとんどあった)が充実していた。見たこともない戦記ものも置いてあった。

 レジの後ろにも、ありとあらゆるジャンルの古書が山積みされていて、垂涎の的だった。整理して売り場へ並べてくれたら良かろうにと思いながらも、いつもそのままだった。近くに大学などあるわけではないし、高名な詩人が住む家の近くなのに詩集が豊富かというわけでもない。なぜ、あれほどたくさんの古本を並べていられるのか不思議だった。おそらくテナント料が安かったから、これまで続けてこれたのだろう。

 店主に「これからどうするの?」と聞くと、「さあ、何をしようかな。ゆっくり考える」と笑っていた。まだ60代にさしかかる感じの人だった。どうやって、あれらの本を処分していったのだろう。

 全集本や講座本も不ぞろいながら、手にとることができて、仕事帰りに多くの時間を過ごした。石川淳全集の革装本1冊、中野重治全集の1冊を手に入れたが、値段は安く、保存状態は良好で、ページを繰るのが楽しい。

 地方の古書店に行くと、その地域にどんな人が住んでいるかわかる気がする。ブックオフがのさばり出してから、そういう地域的なネットワークを反映する古書店が廃れてきた。ネットで注文できるようになって、古書を手に入れることは容易になったが、値段は高いような気がするし、どうしても手に入れることができない本、こんな本があったのかと驚くような体験は、町の古書店に勝るものはない。

 神保町へ行くには、時間に余裕がなければ行けない。それに神保町に店を出す人たちの値段のつけ方は、よく訓練されているし、買い手にとっては厳しい。初版じゃないと値段がつかない世界。1冊1冊がよく吟味され、丁寧に保存されている。最近は、どうなっているのだろう。神保町も変わりつつあるような気はする。世界一の古書店街は歴史的な保存地域に指定すべきだと思う。


 電子版のブックリーダーの普及で、将来は、こういう戯言もブログに書き込めなくなるような気がする。いまのうちに書きとめておこう。

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