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2009/12/23

第2回アドルノ的賞

 第2回アドルノ的賞は、ジャーナリストの本多勝一氏の講演「戦争は、とめられるか。」に決定いたしました。例年の通り、勝手に選考し、賞品もありません。が、その代わり、本多氏の著作を購入することによって、勝手に受賞を祝っています。 
 
 来年、数えで80歳を迎える本多氏の講演は、日本ジャーナリスト会議(JCJ)の主催で2009年12月8日午後6時半から東京都内で行なわれました。

 授賞理由は、ジャーナリストは「現場を見て、1次史料(資料)で書くべきだ」と至極、まっとうな主張をされ、それが現在のジャーナリストへの痛烈な批判となっていることです。および、「ジャーナリズムの活躍があれば、戦争は、とめられると思っております」と長年のジャーナリスト生活から結論づけられたことです。
 また、対話的な講演の進め方によって、会場の参加者と一緒に考えていこうという意思を示されました。これは第1回の受賞者と共通しています。

 アドルノ的賞は、講演活動という一回限りの、記録にとどめられにくい分野を対象にしています。講演とは、まさに「現場」に行かなければ視聴、体感できないものです。確かに、DVDやビデオに記録された講演を視聴できても、臨場感は体験できません。その意味で、演劇やバレエ、舞踊、オーケストラなど民主党政権の「事業仕分け」で痛めつけられているライヴ芸術に通じるものがあると考えます。
 アドルノ的筆者は、人間の生き生きとした生活、生命活動の発露に触れることが、実に尊いことだと、最近、再発見しています(気づくのが遅いですが…)。

 講演を案内するビラ等では、演題が「戦争を止められるか」と紹介されており、「止」の字を「と」と読むのか、「や」と読むのかが、一部の人々の間で、少し話題となっていましたが、「と」でした。あいまいさを残さないところが、やはり、本多氏です。

 第1回受賞者の浅尾大輔氏の小説『ブルーシート』(朝日新聞出版)はすでに購入。早野透氏の次の本が出るのを待っているところです。早野氏は、「日刊スポーツ」日曜日付のコラム「政治の時間」や朝日新聞のコラム「ポリティカにっぽん」を執筆されており、拝読しています。

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2009/12/13

あなたと日テレ

 日本テレビ放送網も、毎週日曜日の午前5時半から45分まで、自社放送の検証番組を放送している。題して「あなたと日テレ」。

 かつて、選挙制度審議会で悪名高き「小選挙区制」導入に辣腕をふるった氏家斎一郎会長によると…第1は、視聴者の皆様からの声に耳を傾け、番組を通じてそれにお答えすることです。第2は、先ほど述べました報告書の中に、番組審議会が余り機能していないのではないかという意見もございますので、審議内容を番組を通じてできるだけ公表し、関心をお持ちの視聴者の方々に実態を見て頂こうというものです。 第3は、この番組では視聴者の皆様と日本テレビは双方向であるということです。皆様からのご意見、苦情、注文なんでもお寄せ下さい。日本テレビは視聴者に向かって開かれた窓として、この番組をぜひお役に立たせていただきたいと思っております。日本テレビのシンボルマークの1つに「鳩」がございます。この鳩は、視聴者に向かって開かれた窓を通って、皆様の元に行き、日本テレビにまた帰って参ります。

 ということらしい。おいおいッ、日テレの「鳩」は平和の象徴のつもりじゃなかったのかと、ズッコケてしまった。また、「この番組では視聴者の皆様と日本テレビは双方向である」というが、「この番組では」と限定しているところがミソである。「この番組」以外は、双方向ではないのだ。

 2009年度の日本テレビ番組放送審議会の運営委員は、

半田 正夫(委 員 長) (青山学院 常務理事)
井上 秀一(副委員長) (NTT東日本シニアアドバイザー)
なだ いなだ (作家・精神科医)
米長 邦雄 (日本将棋連盟 会長)
槇村 さとる (漫画家)
高橋 源一郎 (著述業)
檀 ふみ (俳優)
増田 明美 (スポーツジャーナリスト)
尾木 直樹 (教育評論家)
助川 瑞枝 (一般視聴者代表)

 高橋源一郎の肩書が「著述業」というのが少々、引っ掛かるが、日テレにしては、なかなかバランスがとれた人選だと関心する。民主党政権による「事業仕分け」の「仕分け人」の人選も、日テレ並みの「政治的」配慮は必要だろう。

 12月13日朝の放送では、市川海老蔵と小林麻央との「結婚を前提にしたおつきあい」宣言報道が俎上にのせられた。番組では、「ニュースゼロ」で長々とサブキャスターである小林をめぐるやりとりを引っ張り過ぎたことに関しての視聴者からの苦情の紹介があり、日本テレビ番組放送審議会の増田明美運営委員も「長く引っ張りすぎた」と視聴者の意見に賛同。その後に、司会者から、番組制作者による弁明が紹介された。弁明の内容は、視聴者の「関心」があり、「当事者」なので婚約宣言を取り上げたというものだった。
 この論理だと、番組制作者の側で「関心」「当事者」論を振り回せば、好き勝手な番組制作が今後も続くのだろうなあと不安になった。「ニュースゼロ」の担当者の一部には、反省の意識が少し足りないように思う。

 そういえば、「ニュースゼロ」のメーンキャスターの村尾信尚は、旧大蔵省主計局の主計官だった。財務省が全面的にバックアップしている「事業仕分け」的発想にも長けている。「事業仕分け」は、勝手な論理を振り回せば、なんでも予算案をカットできるという強引な手法。「ニュースゼロ」でも番組制作の強引な論理はお手のものということか。いやはや、なんとも財務省人脈というのは、テレビの世界でもはびこっている。

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2009/12/11

キャピタリズム

 マイケル・ムーア監督の「キャピタリズム マネーは踊る」を東京・日比谷のTOHOシネマズ シャンテ(旧名は「シャンテシネ」で、「ちゃんと死ね」と言われている気がする映画館名だった)で見た。有楽町駅で下車して、文字通り、日比谷の方向へ歩いてゆくと、カラオケ店のビルがあって、その通りの角を左折すると、ゴジラの小さな像が建っているのが見えてくる。日比谷シャンテのビル群が眼前に現れ、そのビルに入らないで、うろうろしていると、左方向に目立たない建物があって、入り口が小さい。なんと、これが映画館。わかりにくいねえ。

 19時45分から上映の遅い回で見たのだが、中ほどの席がかなり埋まるような、そこそこの入りで、クスクス笑いやら、拍手が起きたりして、久々に「寅さん」映画を鑑賞していた人々の雰囲気を味わった。妙齢の知的な女性が、端の席で難しい顔をして、一人で座って見ていたが、やはり笑っていた。「キャピタリズム」は、喜劇的なまでにアメリカ資本主義の現実をえぐっている。ただし、戦後の日本、ドイツ、イタリアについての評価は、まったく間違っているし、ルーズベルト米大統領に対する評価も甘々で、少しがっかりした。

 日本では、すべての労働者に団結権があるなんて紹介していたが、そりゃ公務員には認められてないでしょう! と銀幕に向かってツッコミたくなった。有名な「マッカーサー勅令」(政令201号か?)が今でも日本国憲法その他を侵害しているのである。それ以外の部分は、ムーア監督、畢生の、渾身の力作といって過言ではない。ジャーナリスティックな突撃精神は、アタマが下がる(うなだれてしまうほどに圧倒的な野次馬精神)。

 アメリカで家を銀行に騙されて取り上げられる人々の姿を見ていると、紛れもなく現在の日本でも同様の事態が起きているし、会社が本人の知らない間に生命保険をかけて儲けていたなんて話も日本と同じである。この映画には、「おまえのことをいっているのだぞ」とマルクスが『資本論』で書いたような迫力がある。

 筆者のマンションの郵便受けに毎日のように「売れ!」「売ってくれ!」と露骨に言わぬが、密かに物件を査定、評価しますなんてビラ、チラシがマンション名を名指しして入る。共産党のビラ配布は弾圧するが、不動産屋のビラはいくら配っても逮捕されない(逮捕しろといっているわけではない。共産党のビラ配布だけを目の敵にする警察、高裁や最高裁の裁判官の駄目さ加減を糾弾したいのである)。ひどい国ですよ、日本は。「売るつもりはありませんか」という電話もかかってくる。要するに、二束三文でマンションを買い叩き、転売するアメリカ式の商売方法が日本でも、とても盛んなのである。

 それにしても、アメリカの下院議員(上院議員もいたか?)には、頼もしい人がいることが、わかる。ああいうことは、日本のマスメディアでは、まったくといっていいほど報じない。アメリカでの富裕層への怒りの高まりはすさまじいものがある。銀行による家の差し押さえを近所の人と一緒に跳ね除けるピープルズ・パワーの場面には涙が出る(あくまでも筆者の感想なので、悪しからず)。さて、日本ではどうか。「やはり日本人は大人しいのかな」とナサケナイ思いがよぎったりしたものの、徐々にではあるが、日本人も自民党政治を終わらせるなど、怒りを爆発させていることを思い起こす必要があると思い直した。新しい政治の探求は続いているのである。

 日本の中小企業、とくに、世界に誇る「ものづくり」の技術を支えてきた人たちの怒りはすさまじい。怒りを通りこして、あきらめの境地に達している人もいる。励ます人が周りに少ないのだ。悲しいね。廃業、廃業、倒産、倒産の連続で、死屍累々。必ず「一揆」が起こると思う。このまま、黙っているわけがない。ちなみに、日本でも裁判所には、税務署出身の人間が多いらしい。道理でカネの取り立てがウマイわけだ。本当に、アメリカで起こっていることは、日本でも起こっている。

 アドルノ的筆者が一番笑ったのは、ムーア監督が、サブプライム・ローンとか貧しき庶民の家などの資産をなんでもかんでも「証券化」する手法を編み出したウォール街の理不尽な姿を、株式市場の当事者に質問攻めにして、その訳のわからなさをあぶりだした場面である。デリバティブなんて、アメリカの大学教授も説明不能。すでに引退したNHKの優秀なプロデューサーがバブル崩壊のころに、いち早く警告を発していたが、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者も、こういう詐欺師まがいの(というより詐欺師そのものの)の方程式を創り出して、強奪資本主義を応援していたのである。

 しかし、アメリカの富裕層というのは、すさまじいまでに儲けているなあ。あれじゃあ、貧乏人の暮らしなんかに同情するわけがない。映画の終わりのBGMで、ジャズ風にインターナショナルを歌うアメリカの有名歌手の歌声が流れて、改めてインターナショナルって、いい歌だなと思ってしまったのは、私だけでしょうか。まあ、あなた、そんなこと言うのは古くさいわねえなんて…。それでは、みなさん(淀川長治風に)サイナラ、サイナラ、サイナラ。

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