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2008/12/21

第1回「アドルノ的」賞を発表

 さて、2008年の第1回「アドルノ的」賞を発表します。残念ながら賞金、賞品を出す余裕はありません。ブログに書きこむだけです。しかも、きわめて狭い知見の中からの選択、独断と偏見に満ちております。こういうふうに書くと、賞をモラウ方にとって、ちっとも名誉ではなくなるでしょう。逆にいえば、狭い選択と偏見に満ちたものが「賞」であると言い換えたい思いにも駆られます。もっとも、ノーベル文学賞の受賞を拒否したサルトルのように、「アドルノ的」賞を辞退する方が名誉かもしれませんが。では、発表です。

 対象部門は「講演」です。受賞者は2人。50音順で紹介します(敬称略)。

 浅尾大輔(作家)「現代の『蟹工船』と立ち上がる若者たち」(12月20日、千葉市での講演)


 早野透(朝日新聞コラムニスト)「ナショナリズムと対米従属の捩れ―戦後保守がつくった日米関係」(6月13日、東京都千代田区での講演)

 2人を選んだ理由は、アドルノ先生(1903~1969)のお気に入りの言葉「二つに引き裂かれ、ふたたび合わさって一つの全体をつくることのない自由」を表現する刺激的な講演をしたことです。わかりにくいですね。平たくいえば、仮借なき批判者として、現代を動態的にとらえるお手本を示しているのではないかということです。
 2人は、みずからの知的探究の過程を、講演を聞いている人たちに開陳し、ともに問題を考えようとしています。従って、聴衆に対し、疑問が氷解して、すっきりするというよりは、さらなる問題へと導くものとなります。

 ある人の講演を聞いて、「あー、わかった」というのは、うさんくさいのではないでしょうか。たった1時間や2時間で、難しい問題に真剣に取り組み、考えつづけている人のことがわかるはずがありません。手がかりが得られるにすぎないのではないでしょうか。もちろん、難問は解決するにこしたことはありませんが、解決に至るプロセスは、より多くの人が、その問題について考えることを必要とするのではないでしょうか。聞く人を「傍観者」の存在にとどめない講演こそ、すばらしい。

 講演内容は紹介しません。演劇的知に触発されるには、生の講演を聞くしかありません。コンサートに似ています。磁場と磁力をもつ受賞者の実力を確かめるには、受賞者に「講演」を頼むほかありません。受賞者の文章が掲載されている媒体を通じてなり、受賞者へ直接、手紙やメールなどで依頼するなり、受賞者の講演日程を見つけるなりしていただきたいと思います。

 受賞者2人のますますのご活躍を願い、月山山麓の「ほいりげ2008」の白ワインを飲みながら、勝手に祝います。

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2008/12/14

麻生邸事件

 T もう、なんかこう、麻生太郎がテレヴィの画面に出るたびに、虫酸が走るというか、ダメなわけね。ヴィジュアル的にもそうだし、だみ声が息苦しい。いやだ、いやだ、いやだ。
 W そんなら、TV見なきゃいいじゃん。
 A いやいや、不意に夕方に記者会見したり、日中韓の首脳会談やらでニュースを独占したりする。家族も早く終わってくれないかなって感じで背中を向けたりして、ゴーオンジャーのおもちゃで遊んでたりする。子どもは正直だよ。
 T 麻生太郎って、けっこう、英語うまいんだってね。バラク・オバマ(Barack Hussein Obama)の名前を言うとき、ヴァラック・オヴァーマという感じで発音してる。
 W でも、それって、日本の首相として必要な才能かなあ。それより、麻生太郎は、なぜ、首相公邸に移り住まないのか教えてよ。
 A 知らないなあ。こっちこそ知りたいよ。総選挙の後に引っ越すとかなんとかいっているらしいけど。この前辞めた福田康夫も首相公邸に住みたがらなくて、引っ越しするのが遅かった。ウィキペディア(総理大臣公邸)の記述は間違っているね。麻生太郎も渋谷区から千代田区に引っ越ししないね。金持ちの坊っちゃんは、居心地の悪いところは嫌いなんだろう。国政より自宅の住み心地が重要なんだろう。
 T そもそも、渋谷区の自宅にいて、突発的なことがあったとき、どうするつもりなのか。
 W おー、それだ。地震とか、パンデミックとか起きたら、どうすんのかな。まあ、何かあったときは、すぐに対処できるとか、なんとかいうのだろうけれど、空き家になっている首相公邸の維持費というのも半端じゃないだろう。
 A 無駄遣い撲滅プロジェクトの対象になるねえ。それはそうと、渋谷の麻生邸ツアーで3人も逮捕された事件があったの知ってる?
 T おー、そうだ。『世界』1月号に雨宮処凛さんが詳しく書いていた。2008年10月26日事件と呼びたくなる警察による不当弾圧だね。乱暴な逮捕の様子がネットで公開された。世界史的にも例がないのじゃないか。
 W 歩道を歩いているだけで逮捕される国なんてあるのか。首相が住んでいるからには、私邸とはいえ、公邸のようなものだ。渋谷に敷地だけで62億円という豪邸なんだから、見たくなるわさ。国民は麻生邸の外壁だけでも見る権利はあるだろう。しかし、権力というのはうるさいねー。新自由主義というのは、名前とは正反対で、福祉でも教育でも国民を管理・統制して、不自由にする。警察国家になってゆく。
 A 逮捕理由は、東京都公安条例違反と公務執行妨害だって。つまり、この2つがあれば、誰でも逮捕できてしまえるということになる。狂っているね。戦前の治安維持法は、左翼、つまり日本共産党に対する弾圧が目的だったけど、いまは普通の人まで無茶苦茶な理由で逮捕される。俺も、アメリカ大使館前を歩いているだけでも、向こう側の歩道へ行けと日本の警察官にうるさく注意されたことがあった。「ここは日本だ」と怒鳴りつけてやろうかと思ったが、小心者なんでね。
 T 恥ずかしい国だね。それに、こうるさいよ。東京ディズニーランドでも、パレードの前なんか、係員から、後ろに引っ込めとか、ベビーカーを折り畳めとか注意されたりし、なんだかんだとうるさくてイヤだよ。閉鎖された空間を支配する者は、どうも、なんでもかんでも自分たちのコントロールできるところに人々を置きたがるものらしい。
 W なんだか、話がずれてきたな。雨宮さんのリポートによると、不当逮捕された3人は、12日間も留置場に入れられて、11月6日にようやく釈放されたそうだ。
 A 道を歩いているだけで12日間もぶちこまれるのか。12日間といえば、ロシア革命よりも長い期間だな。アドルノ先生(1903~1969)だったら、どう考えるか。10月26日事件の後で詩を書くことは野蛮だというかも。
 T それは、アウシュヴィッツ以後だろう。とはいえ、今回のような不当逮捕をする野蛮な警察を取り締まれないのが一番の不幸だよ。凶悪事件の犯人で、逮捕されていないのがいっぱいいるじゃないか。
 W 管理された世界の中で、いかにして、自由を勝ち取っていくかは、現実でのたたかいと同時に、議論を続けていくことにしようよ。
 A 俺は、早く資本主義社会から脱出する方を選びたいんだが。

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2008/12/07

加藤周一さん

 加藤周一さんが亡くなった。89歳だった。
 12月5日午後2時、東京都内の病院。郊外では、風が強く、激しい雨が降っていた。 

 「夕陽妄語」(朝日新聞)の月一回の掲載が途切れがちとなり、一読者として不安だった。加藤さんは、森鴎外、斎藤茂吉、木下杢太郎についての本を出すはずだったはず。十年ほど前に、NHK教育テレビの市民大学(?)で医師で文学者だった3人をとりあげ、医師(血液学者)だったみずからの姿を3人と重ねていた。

 昨年、加藤さんが書き下ろした『日本文化における時間と空間』は、問題意識の鋭さが際立つ力作。日本語で書かれた本の中で『日本文学史序説』ほど痛快な著作を知らない。『雑種文化』や『日本文化のかくれた形』(共著)も含めると、日本思想史への強い関心は一貫していた。

 九条の会の呼びかけ人としての活躍も抜群だった。加藤さんが集会で発言すれば、必ず新たな問題提起を含み、常にユーモアを交えていた。仏像が好きで、豆腐を好み、能・狂言、杜甫や陸游という中国の詩人たち、イタリア映画にも造詣が深い。人生を充実して生き、楽しむとは、こういうことなのかと思う。

 自伝的な『羊の歌』『続・羊の歌』と『読書術』で、加藤さんの半生を知ることはできる。しかし、その生涯を知り尽くすことは可能だろうか。

 文学者たちのアジア・アフリカ会議(?)における加藤さんの通訳の武勇伝は知る人ぞ知る。ヨーロッパやアメリカの新聞を読書として楽しみ、「夕陽妄語」で一筋縄ではない視点で、記事を引用していた。折々の国際問題に常に注意を怠らない姿勢には、加藤さんの加藤さんたる所以が秘められていたと思う。

 確か、これもNHK教育テレビで、イタリアの作家アルベルト・モラヴィアにもイタリア語でインタビューし、モラヴィアをたじたじとさせていた。サルトルとフランス語で語り合い、丸山眞男にも質問攻めだった。恐るべき知的好奇心。ドイツ語では、フランクフルト学派の哲学者の本を読みこみ、ヴィトゲンシュタインの論理実証主義の影響を一番受けたようでありつつも、マルクスやエンゲルスの著作にも通じている。木下順二氏らと、内田義彦氏を講師に『資本論』勉強会もしていたのではないか。若い頃から、作家の小島信夫氏らが出した同人誌にもかかわっていた。画家の藤田嗣治とも対談したことがあるという。本当にインタナショナルな関係を生きた人間は、これまでいただろうか。
 
 日本の知識人の系譜でいえば、フランス文学者の渡辺一夫氏、評論家の林達夫氏に連なるユマニストだった。数年前、加藤さんは、信濃毎日新聞に連載していた信濃追分周辺の交友録を本にまとめた。友人の多さ、幅の広さは図抜けていた。福永武彦、中村真一郎との交遊、堀辰雄との出会いだけでも特筆に値するのに…。

 稀有な生涯を送った加藤さんの肉声をもう一度聞きたい。新著を読みたい。

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