« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007/10/13

この1カ月

 9月12日に安倍前首相が突然辞意を表明し、退陣してから1カ月がたった。アメリカ時間でいえば、アベが辞めたいと言い出した時間は、9月11日だったわけで、変な意味で「9・11アベ自爆テロ」と呼びたい気もする。アドルノ先生(1903~1969)の誕生日を、よくも汚してくれたなと怨み骨髄ではあるが、この1カ月を、どう考えたらいいのだろうか。

 9月12日当日の動きでいくと、辞意を表明した後、アベは官邸に義弟の岸信夫を呼び寄せ、みのもんたに電話したということになっている。与謝野前官房長官に病気が理由で辞めるのだと発表してくれと伝えたということになっている。事実はいまだ闇の中である。国会でアベを証人喚問をして、糾明すべき問題だと思う。アベは孤独だった。いや孤立していた。だから、あのような行動になった。アベの孤立は、自民党内における「靖国」派が、性奴隷問題でアメリカの不興を買ったこと、テロ特措法でのゆきづまり、さらに参院選での大敗北が決定的なものとしてあり、麻生兄に話しても相手にしてもらえなかったことが背景としてある。辞意表明前日の状況からすると、麻生以外にも、辞意を知っていた政治家(自民党幹部)がいるはずなのだが、名前は挙がりつつも、みごとにマスメディアの包囲網からくぐりぬけてみせている。よほど、マスメディアの操作、懐柔がウマイ人間なのだろう。

 アベの体の状況が悪かったことを官邸に出入りする人間以外は、あまり知らなかったように一部マスメディアは報道しているが、閣僚を含む複数の政治家が、アベの体がおかしかったことを知っていた。早く政治家を引退して細川元首相のように陶芸三昧の生活を送る方がいいのではないか。ちなみに福田首相も就任したての頃、歯医者に通っており、体のケアというのは、政治家にとって重要な課題らしい。

 慶応大学病院にアベが入院したのが13日だったと思う。朝からヘリコプターが新宿御苑上空あたりを旋回していた。俗にいう日本政治における政治の空白が創り出された。こんな「国」が、諸外国からまともに相手をされるであろうか。いまや恥ずかしいという感情すら失ってしまったのか。国会が自民・公明と民主という二重権力状態であることを勘案すると、この空白時期に、もしやクーデターなどがあったりしたら、大混乱に陥っていたであろう。自民党、公明党による危機管理とは、手前味噌の、自分勝手な理屈による「危機管理」であることが、これほど、明々白々になったというのに、まだ、自民党や公明党を支持する御人好しがいるとは。民主党も民主党で、攻め時だったにもかかわらず、意外にも、敵の様子を見守る戦術に出た。この静観戦法が、なんとなく、そのまま国会論戦でぱっとしない状況にもつながっている。裏を返せば、自民党があっけなく倒れてしまうと、民主党も困るということなのだ。これは後でふれるとして、国民的な大運動が、こういう瞬間に盛りあがらないところに、日本で「革命」がないと一部の人が指摘するような現状があるのだろう。いや、むしろ、8・15に敗戦を迎えた日に、「革命」が始まらなかったと指摘するのは容易だが、「革命」とは長期的なものと短期的なものがあるのではないか。

 9月12日が長期的な日本「革命」の始まりなのか。旧体制、アンシャン・レジーム崩壊の序曲が静かに、静かに通奏低音として響き始めている。「革命」の第1楽章は、「沖縄」である。県民11万人の声が大合唱となって国会に直接届いた。第2楽章は、新テロ対策特別措置法か、はたまた年金問題か。政治とカネか。北朝鮮問題か。いずれにしても、福田訪米という変奏曲が予定されている。第3楽章は、予想もしない奇想曲になるだろう。二大政党制を財界もめざしている訳だから、民主党が政権をとることも財界やアメリカ側も織り込み済みであると思われる。問題は、アメリカで定着しているかに見える二大政党制は賞味期限が過ぎつつあり、少なからぬ人々が第3極の台頭を待望していることである。第4楽章ともなると、さらに予想がつかない。国民の運動次第で、文字通り「革命的情勢」になるはず。

 自民党が崩壊すると、二大政党制どころでなくなり、二大政党制実現を悲願とする民主党の存在意義も薄くなる。支配層にとって、予想もしない出来事である。「背水の陣」内閣を追い詰めることができるのは、自民・公明の政治を変えたいと願う国民の力にある。この「力」の動向が、今後の政局を決定的に左右する。新しい政治プロセスは、国会のなかにあるのではなくて、国民のなかにあるのである。

 福田、麻生による自民党総裁選という国民だましの、大茶番劇が繰り広げられ、福田が勝利し、小泉・アベ路線の修正を図りつつある。福田は、おそらく、4年間は首相を務める気でいるはずである。福田首相のもとで、次の総選挙をたたかう体制がスタートしている。すくなくとも、自民党に有利な状況、たとえば、外交で成果を上げるなどの局面で総選挙に打って出るということも考えられる。となると、第3楽章は、意外に早い時期に訪れることになる。自民党の古賀誠選対委員長の全国行脚が終わった段階で、総選挙の時期を見極める会議がもたれることになるだろう。当面、衆院での多数議席を活用しながら、自民・公明はのらりくらりと国会対策を展開し、民主党の失策を待ちながら、あるいは、隙を突きながら、難局を乗り切ろうとする。総選挙を念頭に置くと、民主党も安易にタカ派的な色彩をだしたくないところでもあるだろう。そういうときに、あえて『世界』に小沢論文(ほんとうに小沢が書いたものとは思えない)が登場したりするところに、小沢の小沢たるゆえん、民主党の民主党たるゆえんがあるのだが、これはこれで分析を必要とする。

 暴力的打開か、それとも穏健的打開か。日本の政治が、かつてなく大激動になるであろうことは間違いない。年金問題の解決も、やり方を誤ると、一気に自民党崩壊へ突き進むだろう。郵政民営化の愚挙もさらに追い討ちをかけるはず。教科書検定で、あれだけ沖縄県民を怒らせたということは、今後の政局を示唆する重要な指標である。政治は変えられる。この感覚を大切にしたい。

 

| コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »