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2007/06/29

ZODIAC

 どうも、B級映画を探り当てる癖、あるいは眼力のなさ、あるいは批評眼の欠如、あるいはもともとが自暴自棄的なのか、ようするに、しょうもない映画を見てしまう。ダメ映画は、誰でもなんとなくわかると思うが、わざわざ見てしまうのである。

 例えば、「300」。スリーハンドレッド。いわば、「キルビル1、2」「シンシティ」など、クエンティン・タランティーノとか、フランク・ミラーが演出に絡んでくるような系統の映画だ。殺戮の嵐、もう、これでもか、これでもか、と人を殺しまくる。外交能力ゼロ、朝まで生テレビに出てくる軍事オタク、自民党ブレーンの考える未来絵図のような映画である。アフガン戦争、イラク戦争のアメリカを鏡のように反映する映画といえる。エロ・グロ・ナンセンスの三拍子がそろっているのである。最近では、抜群にヒドイ映画。しかもスパルタとペルシャがたたかう構図。まるでイラク戦争そのものである。こういう映画を兵士に見せて、感覚をマヒさせていくのだろう。戦争をしている国の映画というのは、とてもエゲツナイ。羽仁五郎(1901~1983)がこの映画を見たら、アウシュビッツの再来というだろう。アドルノ先生(1903~1969)が見たら、この映画監督は、狂った世界の住人だと喝破しただろう。とにかく、途中で見るのをやめた方がいいという代物。ワースト映画史で今のところナンバーワン、不滅の劣悪作品である。

 そして、「ZODIAC」(ゾディアック)である。実際にアメリカで起きた連続殺人、しかもマスコミをまきこんでの愉快犯。日本で類似の事件が起きたが、アメリカでは早くからこういう事件がおきていた。アメリカの犯罪を研究することは、日本の犯罪研究にも有用であることを再確認させる。B級映画と思いきや、これがジャーナリスティックな映画なのである。真犯人をつきとめるに至らない、というか、至るようで、わからない。この証拠不十分という壁をわからせてくれるうえで、アメリカらしい映画に仕上がっている。無論、「12人の怒れる男」に及ぶべくもないが、この映画は、凶悪な犯人が逃げおおせることへの痛烈な批判も含んでいて、解決しない事件があまたある昨今の日本の警察への隠れた批判にもなるものだ。謎解きの面白さ、一方で、残忍な殺人事件の恐怖という両面を描いている。病理をもつ人間への接近は、まだまだという感じだが、ジャーナリスト、新聞の政治漫画家、腕利き刑事という三者をそれなりにうまく絡ませている。B級の臭いを漂わせながら、いまだに解決しない事件への入門編という意味では、成功しているといえるのではないか。
 しかし、悪魔にもなりうる人間存在の不気味さ、後味の悪さは残る。現代とは、ほんとうにこんな時代であるのか。謎を追求しつづける男の存在だけが、この映画の救いなのだ。

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2007/06/19

安倍政権の終わり その3

 どうも、あやしい雰囲気になりつつある。いや、天気ではなくて、安倍政権である。その崩壊具合から、ひょっとすると、衆参同日選挙にうってでる可能性も否めない。時事の世論調査で、内閣支持率が28%になったことも、雲行きのあやしさを増幅させている。

 根拠の一つは、やたらに衆参同日選を否定する記事が年初から比較的出ており、あまつさえ、最近も公明党代表が毎日新聞に登場して、わざわざ衆参同日選を否定する始末。あのウソつき政党が否定すればするほど、逆に思えてくるからして、猜疑心は最高潮に達するのである。中川幹事長も、内輪の集会で、衆参同日選のかまえで動けと檄を飛ばしている。自民党の衆院議員のポスターも目立つような気がして、「すべてを疑え」的な心持になっている。果たして、彼らの思う壺なのだろうか。

 「消えた年金」、定率減税廃止による増税、松岡農水相の自殺、自衛隊の国民監視発覚、公安調査庁と朝鮮総連の黒い霧と、四連発をくらっている自民党は、さらに物価値上げという五発目をくらう。オイルショックのような混乱がまた起こる可能性がある。みのもんたが、朝ズバでティッシュペーパー、トイレットペーパーの値上げを伝えている。前から値上げのニュースは、新聞で伝えられていたのに、値上がりする直前にこういうニュースを流す。

 浮き足たたないで、「ちょっと待てよ」と注視する必要がある。謀略的な臭いが漂う。

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