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2007/04/28

扉座「ドリル魂 ガ・ガ・ガ・ガ・ガ」

(45)クラクラ・プロデュース「恥ずかしながらグッドバイ」紀伊国屋サザンシアター
(46)扉座「ドリル魂 ガ・ガ・ガ・ガ・ガ」紀伊国屋ホール

 アドルノ先生(1903~1969)のアメリカ時代についてデビッド・ジェンマン「アメリカのアドルノ」が出た。洋書新刊である。1938年から1953年まで、アドルノ先生は、アメリカに亡命していた。未公開文書やFBIのファイルなんかも使っている。亡命生活の知的側面を探っているということだろうか。アドルノ先生のアメリカ時代は、まだまだ知られていないことが多く、まあ、そのー、早い話が、文化産業についての考察をすすめる上で、アメリカ時代の経験がいろいろと大きな比重を占めているのではないかということ。

 戦前の日本には、亡命がありえたが、戦後の日本には亡命がありえないように思われている。小林多喜二は、亡命しなかった。そもそも、そのようなことを考えた形跡すらない。知的亡命もありえなかった。そもそも、亡命という概念が、ファシズムから民主主義の国へというかたちで多くの場合使われたことで、亡命には、そのようなイメージがついてまわる。将来的には、別の惑星への亡命がありえるかもしれないが、とにかく、日本思想史のなかで、亡命への考察は多くない。むしろ、知的逃避、転向の研究として、カンタンに乗りかえる思想として考究された。

 亡命に限らず、異国の地で、いろいろと思わぬ体験をするということは、戦前の日本では、意外にも侵略戦争というかたちで、「臣民」に振りかかった。外国にいったことがない人は、いるが、外国へいった体験をもつ「日本人」も多数いたわけだ。フィリピンで現地に残った日本人への鎮魂の思いを笑いでくるまった芝居が、「恥ずかしながらグッドバイ」だ。角野卓造、佐藤B作、それに、すまけいというとてつもなく芸達者な俳優たちが火花を散らす芝居。まあ、おもしろくない方が不思議という具合。恥ずかしい日本の役人の痴態をあぶりだしながら、恥ずかしいという概念を思い出してもらおうという狙いがあるのだろうか。同じ配役で、さらに戦後日本を撃つ芝居を見たいと感じた。

 さて、扉座のドリル魂は、紀伊国屋ホールを工事現場と化して、すさまじい。若い観客を多数集めているところは、口コミか、はたまた、俳優たちの友人たちか、若若しいミュージカルとして仕上がっている。とにかく、意表をつくようなパフォーマンスがあり、職人気質への礼賛があり、純粋な恋愛への高貴なまなざしがあり、時代や歴史への怒りもあり、なかなか汗臭く、ほこりっぽく、ホンネをむきだしにした愉快な舞台である。本当にドリルを使うところ、本当に火花を散らしたりするところ、本当に建設現場の雰囲気をリズミカルに再現しているところ等など、見所満載で、作・演出の横内謙介の才能に脱帽する。肉体を使うことは、精神を解放することにも通じる。しかし、現場を現場たらしめるのは、あくまでも人間の意識であり、確かに建築物には、それをつくった人間の痕跡が残る。耐震偽装というものの背後には、それを許した建設会社の生身の人間が存在しており、悪辣な設計のもと、職人たちも共犯者にされる危険性がある。実際に、鉄骨の不正を見ぬけなかった人々がいた。その意味で、厳しい問いかけを秘めたミュージカルなのである。モノをつくる人間の、働く人間の厳しさ、温かさ、美しさを、賛歌として歌いあげている。まあ、熱烈な拍手が湧き起こったことよ。最近の芝居では珍しい力強い拍手。若い観客のなせる技か。ともあれ、演劇的知というものの、確かなあり方を示していたドリル魂であった。

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2007/04/24

東京演劇アンサンブル「明日を紡ぐ娘たち」

(44)東京演劇アンサンブル「明日を紡ぐ娘たち」ブレヒトの芝居小屋

 先入観をもたないということは、難しい。逆にいえば、われわれは、なんと、先入観に支配されていることか。たとえば、新聞の「参院補選1勝1敗」という無意味な見出し。自民が勝つか、民主が勝つかという見解についての国民への先入観の押しつけ見出しである。実際、自民が勝とうが、民主が勝とうが、国政には、なんの影響もない。憲法を「改悪」することになんの違和感もない人々が、1勝1敗したからといって、そこに何か意味があるのだろうか。同じ穴のムジナとは、このことである。狂った世界の一例がここにはある。くだらない押しつけは、やめてくれたまえ!

 東京演劇アンサンブルの芝居のすごさは、この先入観を打ち破ろうとするところにある。労働組合とか、生活綴り方とか、恋愛とか、一見、手垢にまみれた対象を、井戸の底から汲み上げたばかりの水のように、改めて、観客に提示する。演技として意図的に「へた」につくる。言い換えれば、演技の初々しさを追求することで、いまはじめて演じられる芝居であるかのような舞台をつくる。受け取る側は、ハラハラしながらも、それが当たり前とか、つまらないと感じてきたことに、揺さぶりをかけられる。

 ともすれば、われわれは、何事も新鮮でないように見がちだ。手垢にまみれたものとしてうけとりがちである。労働組合の新鮮さは、今こそ高まっていることにすら気づかない。高い塀に囲まれて生きていることにゆっくりと気づく女工たち。ゆっくりとしっかりと気づく。しかし、アメリカの支配と日本資本主義という高い塀に囲まれているわれわれもまた、気づくのが遅いのではないか。ゆっくりと気づくことが悪いわけではない。確実に手応えのある気づき方をしていくことに意味がある。あせることはない。冬もあれば、春もある。明けない夜はない。

 演出の公家義徳は、けいこで、俳優たちに、アドルノ先生(1903~1969)のテキストを読んできかせたという。このことを、「明日を紡ぐ娘たち」の公演パンフで知った。アドルノ先生の言葉が、演劇に生きたかたちで活用されている。芝居に直接反映されなくとも、俳優たちの頭脳に、アドルノ先生の言葉が響く。深いところで、演技に作用していると思う。目には見えないかたちで。狂った世界へ抵抗する人々が、いる。

 

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2007/04/21

黒テント「かもめ」(訂正版)

(43)黒テント「かもめ」theatre iwato

 「私はかもめ」。嗚呼。かの有名なセリフ。宇宙飛行士ガガーリンではなくて、女性初の宇宙飛行士テレシコワが、宇宙に飛び出して最初に口にしたという言葉。そして、チェーホフの戯曲「かもめ」の重要なセリフ。東京・神楽坂の舞台に響く声を聞くと、感慨深いものがある。アングラ小劇場の系譜にある黒テントが、チェーホフ四大戯曲の一つ「かもめ」に挑戦している。

 ヤー チャイカ。宇宙でこのセリフをいうのは、とてもセンスがいい。自分が何者かを知ろうとする、自分が何をしたいかを知ろうとする人間が、かもめになるまいと決意し、つぶやく言葉だから。でも、単なるコールサインにすぎなかったという説もあるから、興味をそがれる。「かもめ」には、その他にも宇宙的な言葉も出てくる。そうか、ガガーリンではなくてテレシコワは、チェーホフが好きだったのか。それとも、「かもめ」のニーナが好きだったのか。

 黒テントの芝居は、初めて見た。本当に黒いテントを張っていた時代の黒テントの芝居を見た人がうらやましい限り。初日を見ただけで、まだなんともいえないが、なるほど、何かを付け加えようとする精神、実験精神を垣間見ることができた。チェーホフ「かもめ」は、文学座、俳優座、劇団民藝などが何度も上演しているだけに、比較したい気持ちに駆られる。流行作家が語る文学をめぐる独白的セリフも実におもしろい。文学がめざすものについての話もでてくるから。

 やはり、ニーナを演じる女優が魅力的である必要があろう。ニーナの絶望から、かすかな希望への転換がこの芝居の鍵を握っている(はずである)。男にもてあそばれ、捨てられた女。もちろん、その逆もある。ニーナの精神的葛藤の圧倒的部分は、喜劇的人物の会話の影に隠されている。捨てた側の男が、何も気にしていない状況であるほど、捨てられた女の側の悲劇性は極限に達する。劇中、純粋なものと世俗にまみれたものの対比も鋭い。チェーホフは、その両面を観客に見せながら、邪なもの、いい加減なものに翻弄され、捨てられる「かもめ」のままで、あなたはいいのですかと、演じる者、見る者へ問いかける。舞台が成功していれば、隠されたナレーションが聞こえてくるはずである。

 チェーホフの戯曲の巧妙さは、演じる役者自身も身につまされるのではないかと思われるセリフがあると同時に、観客をも撃つセリフがあることだろう。人間は賢いふるまいをしているようでいて、なおかつ実に滑稽な存在だ。むしろ、愚かなことばかりしているかもしれない。相手の言葉を半分しか聞いていない人間たちのリアルな滑稽さが増幅されて、奥行きのある言葉の空間を作り出すチェーホフ。人間観察がとてつもなく際立っている(ように思う)。どうも、この芝居、わかったといえる自信がない。深い、宇宙的に果てしない。

【アルカージナ】横田桂子
【トレープレフ】足立昌弥
【ソーリン】河内哲二郎
【ニーナ】遠藤良子
【シャムラーエフ】片岡哲也
【ポリーナ】畑山佳美
【マーシャ】森智恵子
【トリゴーリン】斎藤晴彦
【ドールン】久保恒雄
【メドヴェジェンコ】宮崎恵治
【ヤーコフ】光田圭亮

訂正 「私はかもめ」という言葉を宇宙で発したのは、女性宇宙飛行士のテレシコワでした。おわびして、訂正いたします。

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2007/04/19

劇団民藝「沖縄」その他

(40)劇団民藝「沖縄」紀伊国屋サザンシアター
(41)青年劇場「修学旅行」紀伊国屋ホール
(42)新国立劇場「クリーンスキンズ/きれいな肌」小劇場

 このところ、芝居を見るペースがぐっと減っている。スランプに陥ったのである。体調を崩したのである。仕事もうまくいっていないのである。石原慎太郎を藤原紀香や中村勘三郎や宮城まり子や安藤忠雄や野口健や北島康介や義家弘介や佐々淳行が応援したことで、紀香ファンが激怒したり、紀香に幻想を抱いていた人がそうだったのかと目が覚めたり、いやいや紀香をはじめタレントなんてそういうもんじゃないという人の議論にも参加できないでいる。
 そういうところへ、昔、モナリザに似せて整形した女性がテレビに出ていたが、はて? その人はその後一体どうなったかなどと、実にしょうもないことが気になりだして考えたりしている。モナリザが年をとる? 絵に描かれた人物は年をとらないが、絵画自体は、徐々に劣化している。やはり、生々流転という世界観に間違いはないのだとみずから納得させたり…。
 世の中は、きわめて重要な選挙(国会でも憲法問題の行方にかかわる重要法案が与党の強行でごり押しされている)で、そういうところへ、実に驚くべきことに、ヤクザに長崎市長が殺されるという事件が起き、本当に腹立たしい時間を過ごしている。警察は、なぜ、全国の暴力団事務所を一斉捜索しないのだろうか。素朴な疑問に誰も答えてくれない。いらいらしながら、見るべき芝居をかなり逃している。おとなしい日本人、静かな日本人。

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2007/04/06

田宮虎彦「足摺岬」

 芝居を見つづけているが、その見方が深まっている訳ではない。おそらく、時間がたてば、なぜ、こんなにツマラナイ感想ばかり書いていたのかと自暴自棄になるはず。いや、時間がたたなくても、自棄にはなる。

 時間がたてばわかる。この感覚は、むしろ、人生を楽しくするはずのものだと思う。ある芝居の場面について、フト思い出し、あれはこういうことだったのかと思い当たる瞬間を楽しみにしていると言い換えた方が良いだろうか。すぐにワカルことは少ない。ワカルために、悪戦苦闘しているのだ。それでも、ワカラナイことは多い。小説を読む楽しみの一つは、わからなかったことが時間がたてばわかる楽しみであろうか。小説だけに限らないかもしれないが。

 時間がたってくるとワカルというのは、長生きして得をすることだから微笑ましい。田宮虎彦「足摺岬」もまた、自殺を思いつめるような自暴自棄になっていた人間が、時間が経過した後につかんだ人生への観念が結晶した作品である。一方で、古めかしいとの読後感も持つ。が、作中に過去を振り返る言葉が出てくる。いうなれば、時間がたって気づいた「私」の小説。決して幸せな小説ではないにしても。すくなくとも、死ぬことはないという強烈なメッセージが、遍路、娘、内儀、薬売り、義弟らの姿を通して、静かに、雨音のように通奏低音を奏でる。

 この小説には、最近、とんとおめにかからない「無常」という言葉が登場する。常にあらず。弁証法、唯物論を引き合いにだすまでもなく、すべてのものは不変ではありえない。東京都知事も。日本も。変化の瞬間を待つか、つくるか。隔たりは大きいといわなければならないだろう。「足摺岬」の主人公も、人生の変化の瞬間をもつ。それは宿屋の娘との結婚である。しかし、その結果は残酷である。結婚イコール幸せという超ありきたりな観念も、この小説がきっぱりと否定していることに気づく。仮借ない物語。高知から東京へ連れて来られた娘は、体を壊して死んでしまう。では、どうすれば良かったのか。結婚しなければよかったのか。しかし、主人公と娘の間には、確かに愛は芽生えていたのである。娘の愛に、青年への哀れみがあったのか、それとも、未来への期待があったのか。愛とは何であるのか。他人の人生にかかわることは、どういうことなのか。薬売りの情けは何だったのか。どちらかといえば、人ぎらいな主人公の目から、生と死の相互連関、生と死の磁場、命をとらえる。

 弱点をいえば、戊辰戦争に駆り出された遍路、あるいは特攻隊帰りの義弟のエピソードだろう。あざといとの批評もありえる。人生の夢のようなはかなさを強調しすぎるきらいもある。通俗との批判も免れない。

 小説「足摺岬」は、すぐれた演劇にも共通する仮借なさを兼ね備えている。結果は残酷である。しかし、それで終わらせてよいのかという問いが常にある。しかし、作者の自殺が、さらにこの作品への感想をややこしくする。

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2007/04/02

月刊浪曲300号達成記念公演

(39)月刊浪曲300号達成記念公演「東西競演! 四郎若・福太郎・武春in木馬亭」

 東京・浅草は木馬亭。由緒ある定席で、浪曲というものを生で初めて聞いた。身近になった。浪曲師と曲師のかけあいのおもしろさが少しわかりかけた。会長さんもあいさつに出てきていたので、やはり記念すべき公演なのだと合点がいった。月刊浪曲の編集長も若い人だったので驚いた。関西では、若い世代に浪曲がじわじわと浸透しているらしい。昔、大阪の銭湯では確かに、浪花節をうなっているおっさんがいた。気持ちよさそうだった。
 
 お目当ては、国本武春だったが、大阪からきた松浦四郎若、東京の実力派の玉川福太郎も、とても良かった。東西の夢の競演と呼ばれる由縁だろう。国本が初心者向けに浪曲の喜怒哀楽を紹介するために披露した「なにはなにしてなんとやら」は、ほとんど新聞記事を書く基本みたいなものだろう。「なにはなにして…」に節や歌がつくと、みごとにドラマ性を帯びてくる。とはいえ、国本の面白さ、福太郎の啖呵(セリフ)、四郎若の節と声は絶品だったのではないか。

 伝統芸能でハズレがないのは、狂言の野村萬斎、浪曲の国本武春、歌舞伎の坂東玉三郎だね。落語は春風亭小朝、漫才は誰だろう。能は?

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