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2007/01/23

犬神家の近代史(訂正版)

 日本の近代史と犬神家の一族は、軌を一にしている。まず、犬神佐兵衛の出自たるや放浪の孤児である。哀れに思った神官の庇護を受けるが、これは、天皇につながる神社の庇護を受けることに相当し、大げさにいえば犬神家は天皇とも通じる。「明治維新」によって、日本国民が「臣民」としてすべからく「天皇」と結び付けられたフィクショナルな存在となった歴史を見るならば、巧妙なアナロジー物語の構築といえるのである。江戸時代まで在日の民は少なくとも「臣民」ではなかっただろう。

 市川監督の映画で犬神佐兵衛は1866年に生まれ、1878年に野々宮大弐におそらく12歳で拾われ、1883年に17歳になったことになっている。1886年に犬神製薬工場を設立(なんと20歳!)し、1905年に工場を増築、1919年に53歳で中央政界進出、1935年に犬神製薬那須本社工場新築、1947年に81歳で死去となっている。

 しかし、横溝原作では、那須神社(モデルは横溝正史が結核の療養で長く滞在した上諏訪)の野々宮大弐が42歳のときに、犬神佐兵衛を17歳で拾ったことになっている。野々宮大弐は1911年に68歳で死去しているから1842年か43年生まれ、犬神佐兵衛は1868年か69年生まれと推定される。原作の方が「明治維新」の年に合わせている感じがする。
 映画の方の犬神佐兵衛は原作より2、3歳早く生まれたことになっている。これは意図的にそういう設定にしたようだ。

 原作でいくと犬神佐兵衛は1950年に死ぬことになる。大衆娯楽雑誌『キング』に横溝正史が「犬神家の一族」を連載したのが1950年から1951年にかけてだった事情によるところもあるのだろう。原作では珠世が生まれたのが明確に1924年で、事件の起こる年には26歳になっているので、やはり1950年ということになる。朝鮮戦争、逆コース、警察予備隊、保安隊、自衛隊の流れも感じられる年である。
 
 いずれにしても、犬神佐兵衛は、「明治維新」以来の歴史を背負っていることになる。そして、遺産相続のなかに含まれる男女の不平等という歴史も織り込まれているのである。戦後、竹田家など皇族がリストラされた歴史すら射程内に入ってくるようにも思える。物語でおどろおどろしいのは、犬神佐兵衛の遺言書が、事件を引き起こすような具合になっている点である。珠世が遺産の行方のカギをにぎる物語の筋、松子、竹子、梅子と全部腹違いの娘たちという設定、一夫一婦でないところにも、時代を感じさせる。 

 犬神家の歴史は、日清、日露、第1次世界大戦、日本の産業革命、製糸工場の発展、戦争のたびに太る成金ストーリーである。製糸工場というからには、戦後の没落も予想される。「犬神家の一族」は、箸にも棒にもかからない通俗的な物語かと思いきや、なかなかに、おもしろい時代背景をもっている。

 また、犬神財閥が製糸工場をもつことによって女工哀史であるところの「あゝ野麦峠」、佐清(すけきよ)が部隊を全滅させるビルマ(現ミャンマー)戦線は「ビルマの竪琴」にもかかわる時代性を有している。さらに、しつこいようだが、映画では日中アヘン戦争につながる歴史すら有している。政府・軍部とも犬神財閥はつながっていたことになる。金田一耕助は、この事実に気づきながら、事を荒立てようとはしない。

 映画では、佐武(原作の年齢28歳)、佐智(同27歳)が徴兵されたことがわからない。佐清と猿蔵だけが兵隊にとられたように見える。原作では佐武も内地で徴兵されたことがわかる。佐清は志願したのか、ビルマ戦線を指揮して、捕虜となっていたとあるので、BC級戦犯ということか。ともあれ、赤紙(召集令状)一枚で犬神財閥は大混乱に陥った。

 原作では「那須神社」に奉納された手型は「昭和十八年七月六日、犬神佐清、二十三歳、酉年の男」とある。1943年に23歳ということは、1920年生まれ。事件の起こる年には、まもなく30歳になるはずの29歳になっていた佐清であった。

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