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2005/07/30

1万人集会

 30日、いよいよ、九条の会の1万人集会である。有明コロシアムで午後1時から。どうなるか。予想はつかないが、盛りあがりそうな気もする。久しぶりに、わくわくどきどき、である。

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2005/07/20

『阿部謹也自伝』

 西洋社会史研究者で、ハーメルンの笛吹き男伝説の解明で有名な阿部謹也さんの『自伝』は、最近読んだ本の中でも抜群に面白い本だと思う。詳細は、「しんぶん赤旗」7月18日付に出ているので、そちらに譲るが、抱腹絶倒の話がたくさんある。

 赤裸々な恋愛体験の話に、まず驚いた。どうも、森鴎外のヴヰタ・セクスアリスの線をいこうとした節がある。奥さんと出会うまで経過のなんとロマンチックなことか。奥さんは、最初に阿部さんのことを、ヘルマン・ヘッセの『デーミアン』みたいな人だと思っていたそうである。

 また、父の死後、母が経営する中華料理店の出前を手伝っていて、大植物学者の牧野富太郎氏に出会う話。焼きそばばかり注文する牧野氏を、阿部さんは長い間、おばあさんと思っていたそうである。確かに、牧野富太郎氏の写真を見ると、おばあさんに見える。詳細は『自伝』を読まれたい。

 網野善彦氏との交遊と決別は、あまり楽しい話ではないが、そうだったのかという謎解きに似た納得をする。阿部さんの人生においては、上原専禄氏との出会い以上の大きな出会いはなかったように思える。師と弟子との、こんなに美しい関係があるだろうか。『自伝』から受ける感銘は、このことなのである。

 阿部さんの話は、小難しい学者が書いた本とはまったく違う。なぜ、こんなにわかりやすいのか。推測すると、阿部さんの思考は、常にふつうの、一般の人を念頭に働きかけている。一般の人に理解できないものは、それは真ではないというふうに。阿部さんの語り口を研究するだけでも、十分1冊の本になると思うが、だれか挑戦してみないだろうか。

 

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2005/07/15

芥川賞・直木賞

 東京は築地の新喜楽というところで、芥川賞・直木賞の選考会が14日開かれた。新しいローマ法王を選ぶときのように、色付きの煙でもあげてほしいところであるが、破れた靴下で、現代日本文学の聖地、新喜楽を歩き回った経験は、なかなか楽しいものだった。とにかく、変な空間である。
 ふだんは接することのない、髪の毛ぐるぐる巻きの女将が、丁寧な応対をしてくれる。マスコミじゃないと、やはり入れない敷居の高さはある。ブロガーの代表を抽選で招くぐらいのことをしないのだろうか。新聞社の学芸部の記者の質問は、かなり自由で、いろいろと聞ける感じ。なんか、ひやかし半分の観客のような記者がたくさんいる。おそらく、忙しくしているのは、10人ほどではないか。

 選考委員は、一階の座敷にいて、記者やカメラマンは二階へ上げられる。待っているところへ、一階からツツツツと二階へかけあがる日本文学振興会の事務局員が、選ばれし者の名前と作品名を書いた短冊を、宙吊りにされた台に張りつけるのである。受賞が決まった作家への連絡は、記者会見よりも、少し前におこなわれているようだ。将来的には、メールで選考結果が知らされることになりそうな気配。なぜかというと、その辺を調べようとするアンケートが配布されていたからだ。

 結果を発表する任にあたる選考委員たる先輩作家は、だれに何票入ったかを明らかにできない不文律があるらしい。北方謙三氏は、その数を明らかにしようとして、事務局員に制止された。というか、おうかがいをたてて、自制した。

 中村文則さんの「土の中の子供」が芥川賞、朱川湊人さんの「花まんま」が直木賞。どちらも前回と比べて地味だが、いい作品が選ばれたと思う。中村さんの作品は、ドストエフスキーや大江健三郎ファンからすると、もの足りない感もある。特定の作家の影響が如実に出ている。しかし、読ませる力は並大抵のものではないと思う。そうとは気づかなかったが、観念小説なのだそうだ。芥川賞は、受賞なしもありそうな気配だったが、3度目の正直で、中村さんが選ばれた。
 直木賞については、おそらく、記者たちの間では、三崎亜記の「となり町戦争」が受賞すると踏んでいた人、あるいは、恩田陸が選ばれると思っていた風の人がいた。選考委員からは、だれが、どの段階で選から漏れたかが、リアルに語られる。この厳しさには好感がもてる。記者は、それぞれ予想をたてて、待ち構えている。その意味からすると、直木賞は記者たちの予想が外れた感がある。人格円満で、鋭い問題意識をもち、現代の怪談(!)を書く朱川さんの作品に、今後、大いに期待したい。

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2005/07/14

滞在17時間

 コンドリーザ・ライス国務長官が来日、その滞在時間はわずか17時間だという。トランジットよりは長い。しかし、彼女一人だけが来日した訳ではなくて、御付きの者も、いろんな政府高官と会っている。情報収集の意味もあったと思う。ポスト小泉は、間違いなく進行しているといっていいだろう。

 それにしても、13日朝の日本テレビ系番組で、某教授は、素人然としたコメントしかしていなかった。勉強する時間がないのだろうか。曲がりなりにも、米政権のナンバー2が来日したのである。なんらかの思惑がないはずがない。おそらく、月末か、来月初めあたりに、その内容が明らかになるのではないか。完全な推測であるが…。

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2005/07/13

ベートーベン・オーケストラ・ボン

 先週、サントリーホールへ、ベートーベン・オーケストラ・ボン(以下、BOBと略す)を聴きに行った。競演していたのは、ウィーンフィルのコンサートマスター、チェロの首席奏者、そしてピアニストの後藤泉さんである。

 ベートーベンが34歳だかなんだかのときに、作曲したバイオリンとチェロとピアノのための協奏曲と、おなじみの田園であった。あまり期待していなかったが、管楽器が美しい音を出しまくる。フルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、トランペット、みなうまい。フルートはソリストでもいける達人だった。
 三人のソリストは、お互いの音をよく聞きあって、でしゃばらない。それでいて、見せ場をつくる。要するに、めちゃくちゃうまい演奏だった。後藤泉さんは、ウィーンフィルのコンサートマスターに気に入られているようだ。耳がいいのだろう。でしゃばらないピアニストって、いいなあ。BOBのオーボエ奏者が、三人のソリストの演奏を楽しそうに聴いている姿があった。楽団員が首を上下させて音楽を楽しんでいる。めったに見られない光景である。どちらかというと、たいていのオケは、気難しい顔をして演奏する。なんのだ、これは。

 BOBの田園は、いままで聴いた京都市交響楽団やその他の交響楽団の響きと丸で違った。しかも、ダイナミックで早い。ドイツ語で田園を語っている風情。やはり日本人が演奏する田園は、どこかで日本語の演奏になっている。微妙なアクセント、間のとり方、楽団の名前にベートーベンを冠するだけに、BOBの演奏は、自身に満ち溢れている。なんの不安も心配も感じさせない。余裕を出しすぎというほどでもなく、やはり全力投球をしている。

 日本のB級のオケだと、曲目によっては、あきらかに手を抜いている。最後のメーンの曲まで力を温存しているかのような迫力のない音が、緊張感をもった楽しみを弛緩させる。弦楽器のボウイングも出鱈目。みんな好き勝手にやっている。けっこう、楽団員同士の仲が悪かったりする。しかし、BOBは、そんなことはない。きっちりと首席奏者の弓さばきに合わせている。当たり前といえば、当たり前なのだが…。交響楽団の名前に恥じるか、恥じないかの違いである。まあ、弓さばきを見れば、その楽団の実力は、大体わかるのではないだろうか。

 鳴り止まぬ拍手。指揮者の合図で、最後に、くるりと踵をかえして、後ろの席にあいさつしたのはご愛嬌だった。こんな素晴らしい一夜だったのに、客の入りは7割、8割というところだった。BOBが再来日したときは、ぜひ聴きにいかれてはどうだろう。

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2005/07/12

あなたより大切なものはない?

 BSE(牛海綿状脳症)の国内基準が8月から「緩和」される。緩和するというと、なにか、いいことでもしたかのような言葉の響きがあるが、要するに、和牛の危ない肉が市中に出回るということである。アメリカに屈服した結果が、この始末である。集団訴訟が起こる可能性もある。しかし、原告たちが変異型ヤコブ病を発症したら、悲惨な運命をたどる。これを牛肉テロと呼ばずして、なんと呼ぶのか。いまのうちにせっせと和牛を食うことしか浮かばない凡人としては、悲しいかぎりである。

 最近、一番恐ろしかったのは、サラ金のCMである。「♪忘れなーいで、あなたよーりも、大切なものはない」というあのCMソングである。俗ないい方をすれば、背中がぞぞーっとした。

 サラ金がいまさら何をいうか。「カネより大切なのは、あなた」といいたいらしいのだが、実はそうではない。カネをとりたてる対象たる「あなた」に「破産宣告」されては困るということが一つ。もう一つは、カネを返さないで自殺してはいけませんよといっているようにも聞こえる。文字どおりに受け取ることはできない。このCMの本意は、カネを借りてくれる「あなた」がやはり大事だといっているのである。カネを借りるなとか、サラ金に手を出すなとか、街金にかけこむなとか、一言もいっていない。「忘れなーいで」の文句は、ほとんど「おちょくり」に近い。社員向けのおまじないのような文句である。客にたいして「わかってるでしょ」という脅し文句かもしれない。
 サラ金が、「あなたより大切なものはない」という異常さ。一般的には、「サラ金会社もええこというてるやんけ」となるかもしれないが、さにあらず。カネもうけに狂奔する人格化された資本は、ここまできている。「ご利用は計画的に」というが、「計画的」だったら、サラ金からカネなど借りない。

 最近も、貧乏な「アドルノ的」筆者宅に、外貨預金のおすすめ電話がかかってきた。「興味ありません」というと、返事もせずに、いきなりガチャンである。貧乏人から、いかにカネをむしりとるか。それが、いま、政府・与党、金融資本の考えていることなのである。心して注意しよう。

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2005/07/09

夏風邪の子ども

 2歳半になる子どもが夏風邪である。保育園でも、風邪がはやっているらしい。暑くなったり、寒くなったりで、体調を崩す。大人もしんどいのである。39度の熱を出した子どもは不機嫌である。
 ご飯も食べるといったり、食べないといったり、気難しい。ようやく熱は下がりだした。水分をたくさんとってもらわねばならない。嫁はんは、手足口病の心配をしている。たしかに、ただの風邪でないような感じでもある。熱が下がってくると、少し元気になって、バスのおもちゃで遊んでいる。
 子どもの病気のおかげで、夫婦げんかも休戦状態である。犬も食わないといったら、最近は叱られるかもしれないが、夫婦げんかのタネは、しょうもないところから勃発する。いや、子どもは敏感だから、夫婦げんかを意識して、体調を崩したのかもしれない。人間関係は微妙で繊細である。

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2005/07/08

ココログの環境悪化

 知らない間に、ココログも環境が悪化し、気に入らないトラックバック(いわゆる金もうけをたくらむ業者)が出没しだした。腹立たしい。
 当分の間、トラックバックは受けつけないことにする。悲しいことだが…。これだから、パスワードが必要なブログへの移行を考えなくてはならない。
 
 最近、いやがらせメールも増えた。奈良方面の「つくる会」からのスパムメールや、「正論」メールなんてのもあった。露骨である。まあ、いやがらせを受けるということは、彼らの気に入らない言論活動をしているわけで、変な認知のされ方をしているということになる。名誉なのか、不名誉なのか。
 しかし、内容によっては、迷惑行為を告発せねばならなくなる。しょうもない人々だなあ。いやがらせだけを仕事にするなんて、「人間」の概念に入らない。「人間もどき」と呼ばせてもらう。

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2005/07/05

国連人権委員会

 国連人権委員会が、日本における人権侵害がないか初の調査をしている。ドゥドゥ・ディエンさんらの一行である。
 日本は、人権侵害だらけである。なぜか、大阪の「解同」に調査に入ったようだが、利権温存のために「差別」を商売にしている人たちを調査するとは、案内する方も案内する方である。それならば、職場における共産党員への人権侵害を調査してほしい。陰湿な例は数限りない。

 外国人への差別もひどい。在日朝鮮人には、いまだ投票権がない。また、アメリカから招いたビオラ奏者を一方的に解雇して平然としている(札幌交響楽団のビオラの元首席奏者ヒュー・ラクリンさんの例がある)。大学のアメリカ人英語教師も簡単に解雇する(旭川大学の例)。アイヌへの差別もまだまだたくさんある。

 障害者への差別もある。企業は、障害のある人を採用する必要がある。法律によって決められている。しかし、その最低限の目標数すらクリアしていない。

 それに人身売買である。これが、日本で最大のものかもしれない。国連人権委員会は、このことを真正面から調査するだろうか。ぜひ、1年くらい滞在して、調べてほしいものである。

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2005/07/04

民主党幻想

 石原与党の民主党が、都議選になると、にわかに「野党」づらをして、議席を増やした。国政でも「野党と呼ばないで」とのたもうた政党が、である。一人150万円を使った豪華海外視察に参加し、浜渦副知事問題でも、八百長質問をし、石原知事が提案する無駄遣い予算案に賛成しまくった(率にすると98%)のに、都民の前では虚偽、出鱈目の訴えを展開する。ファシズムは、石原慎太郎だけでなく、民主党によっても加速された。ここは、押さえておかねばならない点である。
 石原知事への批判が、ねじれたかたちで民主党へ流れた。これを民主党幻想と呼ばずして、なんと呼ぶか。いまだに、ある一定の「知識人」のあいだにも、民主党は自民党よりマシであるという考えがある。都議会の実態など知らない人がほとんどである。

 自民党は3議席減らし、共産党は2議席減らした。少なくとも、前回都議選の小泉純一郎効果は今回、過ぎ去ったといえる。共産党は、定数2の文京区でトップ当選、同じく定数2の日野市で復活したほか、せり負けているところが、いくつかある。無党派層からの支持も共産党は、民主党に次いで多い。いろいろと分析が必要なことがある。

 公明党は23議席。がっちり固めてきた。相変わらずの選挙上手。しかし、創価学会員が一定数いるところしか候補者をたてない「限界」ははっきりしている。今回も公明党が、自民党の候補を応援した選挙区がいくつもある。自民党の議席が減ったことに、「申し訳なさ」を少しは感じているのだろう。

 以上のことは、投票率43%という、都民の半数以下の人たちが決めた結果であることも、またふまえておかねばならないだろう。「選挙は棄権しかない」としたり顔で、良識派ぶるのは、もうやめた方がいい。政治を変えるうえでは、なんの効果もない。「棄権」とは、「現状追認」「委任」の裏返しでしかない。

 長嶋茂雄さんの1年4カ月ぶりの登場に、心奪われた日曜日だった。まあ、都議選が終わってから登場してくれてもよかったのだけれど。テレビ朝日も日曜日に石原裕次郎の特番なんかを放送したりして、罪が重い。二大政党化を促進しているのは、マスコミにも一因がある。たたかいは続くのである。
 

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2005/07/01

どこで歯止めをかけるか

 とにかく、ひどい。ひどいニュースが多すぎる。天変地異もそうだが、高知の高校での事件。学校現場における異常が続いている。
 しかも、東京の街にでれば、相変わらず「石原慎太郎という人生」的存在が、マイクを握って演説しているではないか。「あっ、ほらほら、あそこに石原慎太郎がいるじゃん」の「ほらほら」が、「ホラー、ホラー」(「恐怖だ、恐怖だ」。かの有名な映画「地獄の黙示録」のカーツ大佐の言葉)に聞こえてくるではないか。被害妄想かもしれないが…。ハイエナがお好きな都知事の演説に、人が結構集まっている。「石原慎太郎という人生」的存在が、東京都議会で、どんなに暴言を吐き、「おいおい、こんな予算を削減していいのか」といったような知事提案をし、無駄遣い予算案も出してきて、それに追従した自民、公明、民主、市民ネットが、いかに情けないか。 

 どんなホラー映画よりも怖い現実が、連日のニュースで伝えられる。これでは、ホラー映画も商売あがったりではないか。

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