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2005/05/30

歌謡曲の世界はいま

 アタック№1とか、キューティーハニーとか、わが「アドルノ的」筆者が、まだ十代だったころのアニメソングが、しばしばテレビから、こぼれおちてくる。

 あのアタック№1の歌にいたっては、なんとも感情のこもらない歌いっぷり(もちろん意図的なのだろうが)に、うんざりしてしまう。学芸会か、カラオケで、身近な人たちに披露すればいいようなものをテレビで流すな! のど自慢くらいなら許す。しかし、歌を歌ってカネもうけをしている人間たちが、安直に、お気楽に、素人然と、いけしゃあしゃあと、へたうまソングを繰り出してくるのには、いい加減にウンザリしている。

 いつから、こんなことになってしまったのか。古証文を次から次へと繰り出されては、いつの時代に生きているのかわからなくなってしまう。「歌は世につれ、世は歌につれ」とは、歌を紹介する前説として超有名だが、リバイバルばやりは、やはり時代を映し出しているのだろう。

 最近、ヒット曲がない。これもまた、歌謡曲の世界の、登龍門がない現状を反映している。昔は、作曲家に私淑するとか、周りが次世代の作曲家を育てる雰囲気があった。いまは、そういう「育てる」気風すらない。これは企業社会にもいえる。どんどん、人間を使い捨てにする。派遣する、配転する、出向させる、パートにする、などなど。ソクセイ栽培、即戦力で、ダメならポイポイである。

 間違いなく、紅白歌合戦は、そのうち消えてなくなるだろう。

 そうそう、言い忘れていた。やはり、朝日新聞の社長が交代した。これは、実は、前から既定路線だった。武富士との五千万円事件の渦中で辞めなかったところが、「朝日」らしい。社長交代の時期と、武富士問題とが、重なったことによる、社長交代のモラトリアム状態が、ようやく解消されたということ。しかし、日本の「大新聞」は、ほんとうに情けない。道理で、斎藤貴男氏や大塚英志氏が、ファシズムの危険を叫びまくるわけである。

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2005/05/24

日本ペンクラブ

 日本ペンクラブの会長、井上ひさし氏が23日、再選された。2期目である。任期は2年。

 ペンクラブときいて、万年筆の愛好者団体かと思う人もいるのではないか。これは、井上氏自身がいっていた冗談である。

 言論の自由を守り、平和を求める文学者、ライターの団体として、活発な活動を展開している。営利団体でもないし、作家の互助団体でもない。まことに、志の高い組織である。

 日ごろは、曲げものやSFの世界、冒険活劇ものに力を注ぎ、想像力を飛翔させる人々も、ペンクラブ役員の活動となると、政治的にもしっかりした人々になり、見事な判断力、理性、その経験をいかす。まことに親切な人たちが多い。

 国際的にも、日本ペンクラブは、平和の日(3月3日)の提起によって、世界に誇るべき活動を展開している。これは、日本国憲法第九条と関わりがあることと思う。

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2005/05/23

半島を出よ礼賛を嘆く

『半島を出よ』上・下(幻冬舎)に対する礼賛の嵐には、ほとほと、辟易するものがある。
 毎日新聞などは、村上龍氏への記者インタビューを掲載したにもかかわらず、書評でも取り上げている。「毎日」で書評をしている人物は、文学賞の選考委員に名前を連ねる著名なロシア文学の専門家であるが、なぜ、『半島を出よ』を絶賛するのか。朝日新聞に掲載された書評も同様に、礼賛の声のみ。なにか、ほめなくてはいけないような「空気」が、あたかも存在しているかのようだ。少し批判めいたものは、東京新聞の「大波小波」欄ぐらいで、大新聞といわれるものにのった書評は、押しなべてほめちぎっている。

 私は、この作品を二回読んだ。小説らしいポエジーには、まったく出会えなかった。頭からダメと決めつけたわけではない。感動に値する1行を探していったが、読めども、読めども、これまで見たことのないような想像力を駆使した文章に出会えなかった。冗漫な文章の洪水に、苦痛を強いられた。

 村上龍氏といえば、米軍基地下の日本の現実を、ある意味で正確に反映した作品を生み出しつづけてきた。この間、社会派の作品も世に問うている。作家らしい鋭敏さを示して、日本社会の現状にたいする問題提起も盛んにしている。しかし、ことこの作品に関するかぎり、だれかに書かされた匂いが充満している。その匂いを嗅ぎ取ったのは、いまのところ、讀賣新聞における池内恵氏の書評のみである。

 「毎日」の評者は、『半島を出よ』に挙げられた参考文献を膨大といって驚いてみせる。この評者は、本当に、その参考文献の中身をまじめに吟味したのだろうか。初心者向けの入門書(と呼ぶのも恥ずかしいようなものも含めて)、大して、あてにならない文献が、ここぞとばかり羅列されている。少なくとも、ここ数年、経済学へ造詣を深めていたはずの村上龍氏にしては、恥ずかしいほどみじめな書が、下巻の巻末を埋めている。ぜひ、下巻の参考文献に目を通してほしい。だまされてはならない。

 ハリウッド映画で、最後に、えんえんと映画俳優につづいて、スタッフやクルーの名前、団体名がつづくのを見る。あれは、あれで、感動を誘う。しかし、村上龍氏の作品にある参考文献に限っては、噴飯ものである。明確に自民党政権ブレーンの軍事アナリストの作品まで、後生大事に掲げられているのである。文学作品の書評で、参考文献が膨大だとかで、驚いてみせる方がおかしい。
 たとえば、大江健三郎氏の作品ならば、村上龍氏の比ではないだろう。豊富な読書生活に裏打ちされた異常な想像力の奇妙な世界の提示がそこにはある。

 ところが、村上龍氏の作品は、この文学者の想像力の貧困さを露呈するばかりである。異常な世界を描いているはずが、現実世界をなぞっただけの陳腐な描写がつづく。
 たとえば、2011年に、北朝鮮の「反乱軍」が、福岡ドームを占拠するという設定。
 九州出身の人ならば、「半島」と聞いて、インスピレーションが湧くのかもしれない。村上龍氏が育った長崎・佐世保の地理的な側面が、この作品に影を落としている。ところが、この作家の想像力の延長線をみると、現実には、アメリカ軍と自衛隊が、北朝鮮軍の日本列島への乱入を想定して、日米共同作戦計画をたてている。その際、自衛隊が単独で対処することも決められているのである。すでに、舞台設定自体が、現実を超えていない。これは、日米安保条約に関係している。

 『半島を出よ』において、登場人物の一人が、日米安保条約の条文を読む場面が出てくる。そこでは、日本有事において、米軍が何も対処しないことを確認するくだりがある。ここは正しい。
 現実レベルにおいて、日本からアメリカに派遣される駐米大使は、外務省の北米局長を経た者であり、日米安保条約に詳しくない人間が、日米軍事同盟の連携、危機管理に携わることは、現実には想定しえない。村上龍氏の小説で、唯一、想像力を駆使したのは、この個所だけといってもさしつかえない。日米安保条約をまともに読んだことがない官僚を登場させているからである。しかし、なんのことはなく、この場面は、たんなる挿話レベルでとどめられている。
 村上龍氏自身も、週刊誌のインタビューで、執筆過程で、北朝鮮が攻めてくることはありえないと確信するにいたったとのべているとおり、この作品は、「非現実的な物語」なのである。率直にいえば、その「非現実」的な危機管理において、アメリカ軍に頼りっぱなしの情けない日本という批判をしのびこませ、こんな現状でいいのか、というのがこの小説が発するメッセージなのだ。

 そのうえで、村上龍氏の問題意識は、ただひとつ。テロリストたちによるモスクワの劇場占拠に対して、プーチン大統領がとった強硬手段への評価、この一点なのである。村上氏は、プーチン大統領にならって、多数を助けるためには、少数を犠牲にしなければならないという。この村上氏の問題意識を映し出したフレーズがこの小説に、二回出てくる。
 書評をするのなら、作家の問題意識と離れて、あれこれと主観的に書き連ねるのは、誠に無責任である。作家のめざすところが、客観的に達成されているかどうかを見るのが、書評するうえでの、まず第一の態度というべきだろう。その意味で、「毎日」における評者の態度は、はなはだ疑問である。この書評を読んで残念に思った。

 百歩譲って、「イシハラ」たち、ホームレスによる死闘に目を向けてみよう。「毎日」の書評子は、「連帯感」のようなものに感動するというが、殺人を反省しない者たちの「連帯感」とは、いかなるものなのか。読めば読むほど、アメリカB級映画を見たような、後味の悪い場面の連続である。しかも、村上氏は、これら「イシハラ」に連なる若者たちには、なんの共感ももっていない。そのことは、下巻の末尾の、なにげない描写に投影されている。むしろ、軽蔑しているとさえいってよいだろう。

 結論をいおう。『半島を出よ』という作品は、村上龍氏という作家の貧困な想像力を借りて、日本の現実が書かせた作品なのである。つまり、読後感として、「日本は情けない」を強要するものとなっている。しかし、「情けない」のは、この作品を評価する追随者がいることだ。書評といえば、ほめなくてはいけないというのは、一体、どういう態度だろうか。

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2005/05/21

社会的抗議の一形態

 体制に反発する、あるいは、抗議の意思を示すそぶり、ふるまい、行動様式には、さまざまなものがある。

 身近な例でも、ある日、男がヒゲをはやし始めたとしよう。本人が意識するか、しないかにかかわらず、ヒゲをはやす行為は、現代日本においては、ふつうではない。顎鬚をはやす人は、以前よりは増えている。それでも、ヒゲをはやしている人が、早朝の満員電車に何人いるか。

 イスラム教やユダヤ教ならいざしらず、ヒゲをはやす行為、ヒゲをそらないのは、なんらかの人々、体制への抗議、抵抗をあらわしている、とみることもできる。本人は意識していなくても、不思議なことに、なぜか、ヒゲをはやす男たちに共通の「心性」のようなものがある。あくまでも、現代日本限定の話。もちろん、ダンディぶりを示すためにヒゲをはやす人はいる。

 ところが、モノサシをのばして、過去にさかのぼれば、「日本」(もちろん、太古の昔から「日本」というものはない。「アメリカ」というものが太古からなかったのと同じ。「日本」は歴史的に形成されてきたことは大前提)では、ヒゲをはやしていた時代がかなり長い。20世紀の前半、つまり、1945年までは、ヒゲをはやす男は多かった。
 
 ところが、戦後は、ヒゲをはやすことが、周囲から浮くことになる。なぜ、突然、男たちは、ヒゲをそり始めたのか。シックインジェクターなる、剃刀の広告ではないが、アメリカから、やたらヒゲを剃る文化が入ってきた。

 そうしたヒゲ剃り文化のもとで、ヒゲをはやすことは、一種の抗議となる。こじつけとも、なんともいわれようと、戦後日本における男のヒゲは、社会的抗議の一形態としての意味を、もつ。ちなみに、私は、ヒゲをはやしていない。いつか、はやしてやろうと思っているのだが、伸ばしはじめると、妻から、「伸びてるジャン」と牽制球が投ぜられるのである。無精ヒゲというなかれ。危険な牙をもつヒゲ願望男なのだ。

 なぜ、ヒゲを剃る文化が世界に広まったのか。これ以上は、文化史の先生の、ご高説をたまわらねばならないが、社会的抗議には、まだまだ、気づかないものがあるはずだ。

 さて、食品安全委員会の委員の辞任で、辞めなくてもいい人が辞めようとしている。辞める、あるいは、辞めそうだというニュースが、すばやく流れたのも、食品安全委員会事務局の思惑が働いているのかもしれない。

 しかし、辞めるとのアクションで、食品安全委員会に、何か、異常なことがおこっていることが、社会的に知らされることになった。抗議の辞任というもので、問題のありかを指し示そうとしたとはいえないだろうか。そもそも、食品安全委員会なる組織自体、国民の批判をかわすために設置された疑いが濃厚である以上、さらに、食品安全委員会にたいして、国民が厳しい目を注ぐ必要があると思う。

 社会的抗議には、さまざまなものがある。それに気づいたところで、どうということがないかもしれない。しかし、抗議の表現には、言葉だけでないものがあることは、常に注意していたい。

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2005/05/16

米国産牛肉の諮問予定で辞意(共同通信)

リンク: @nifty:NEWS@nifty:米国産牛肉の諮問予定で辞意(共同通信).
辞任する意向だから、まだ辞任したわけではないが、少なくとも、誠実な委員が現れたというべきだろうか。
 BSE(牛海綿状脳症)をめぐる茶番劇は、21世紀の民主主義に、反面教師的な効果を与えるであろう。科学は、自民、公明政権=ブッシュ政権によってねじまげられるのである。

 実は、こういう強引な政治の過程で、中途で退任する人は、意外と少ない。その意味で、金子教授の辞任意向表明は、この国の政治環境にとっても、明るい材料を提供している。

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2005/05/14

保守反動と八九三

 西部邁が最近書いた自伝的本をみると、「八九三」(やくざ)が出てくる。

 西部といえば、いわずとしれた「ブント」である。しかし、1970年代以降生まれで、60年安保闘争前後を本などによって学習している人は、いまや少なく、ましてや70年前後の全共闘を知っている人も少ない。当事者を別にして。その意味で、西部の本は、体験記として読まれるだろう。

 大きな書店などでは、一種、独特の雰囲気を醸し出している書棚があり、その前に立つ人は少ない。

 北海道出身の西部は、札幌南高校から東大へいった。西部は、秀才ながらも不良をしていた。書店から学習書を万引していた男である。そのことが書かれてある。

 八九三となった男から、西部のもとに、彼の原稿が送られてくる。かつては、学校で一、二番を争った、その八九三の死を契機として、今回の自伝の幕があく。八九三が書いた原稿への応答として、西部の人生が書き綴られてゆく。反抗するために反抗している西部の行動様式が、少年時代から一貫していることがわかる。

 しかし、奇妙なことに、西部は、どうも大江健三郎の小説を意識している口ぶりなのだ。大江文学のファンにとって、これは、あまり面白くない現象である。今回の自伝は、西部版の「憂い顔の童子」といった様相をなしており、みずからをドン・キホーテになぞらえる老年男性の心性に、未体験ながらも、興味をそそられた。

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2005/05/13

日本思想の現在

 まともな日本外交がない、といわれて久しい。BSE問題しかり。対中国への対応しかり。対中国では靖国問題が絡む。
 もっとも問題なのは、もちろん対アメリカなのだが、日米安保条約がある現状では、むずかしい。ちなみに、日米安保条約第10条では、日本がアメリカとの同盟関係をやめると通告しさえすれば、安保条約を解消できる「建前」になっている。

 より具体的には、アメリカ軍の日本駐留といったような状況などを解消していかねばならない。もし、このまま居座りつづけるのであれば、アメリカから輸入した牛肉をせっせと米軍基地で消費していただきたい。あんな恐ろしいものは、死んでも食えない。もちろん、食えば死ぬ。いや、食うても食わなくても、人間は、いずれ死ぬとアメリカはいいだすだろうなあ。

 さて、この情けない日本外交の背景にあるものは、何か。国会で多数を占める自民党、公明党、そして「政権準備党」なる民主党(野党ではないというのだから、いったい、この党なんなのか)である。そして、そのような政党に一票を投ずる国民である。国民に責任がないとはいえない。もっとも日本の政治を劇的に変化させるのは、選挙である。しかし、選挙にいかない人は圧倒的に多い。そうした状況はつづいている。

 つきつめていくと、家族を中心とした人と人とのつながりの崩壊がある。凶悪な事件の背景には、人間関係の希薄さというものがあり、コミュニケーション不全がある。電車の乗客をモノとしか見ない輩がいる。これは、資本主義の必然である。資本主義は、人と人との関係を、モノとモノとの関係に変える。お金を媒介にして。

 営利優先、スピード優先とやらを、ひとまず、やめてみないか。国会での議論、審議も気長にやればよい。なぜ、急に憲法第九条を変えなければならないのか。第二項を変えるとか、なぜ、そんなことが、いま急がれるのか。

 資本主義の特徴の一つに、社会のスピード化を付け加えなくてはいけないようだ。これは、マルクスも考えていただろうか。流通にかんすることだから、恐らく、考えていたと思う。早く流通させることで、利益を向上させる運動であるから。

 さてさて、日本で、のんびりゆこうという思想はあるか。いま、スローライフ、スローフードの運動が豊かに展開されつつある。これは、これで、鋭い資本主義批判になっていると思うのだ。そうした関連の本も、ポツポツと出始めている。日本思想史を見渡して、過去に、のんびり思想というものがあったか。おそらく、あったと思いたい。いま少し、探してみよう。

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2005/05/10

またも、日本人拘束か

 イラクで、またも日本人が拘束された可能性があるとのニュースが10日未明にかけめぐった。いち早く伝えたのは、共同通信。地方紙のウェブサイトでの報道も早い。次に毎日新聞、朝日新聞、讀賣新聞と続く。部数の少ない新聞ほど、速報に力を入れているのが興味深い。やはり、新聞社はハングリーでないとダメみたいだ。

 ちょうど、新聞の最終版の降版間際であるから、大阪、東京の一部地域には、「つっこみ」というカタチで、ニュースが入っているかもしれない。

 しかし、米軍施設で、日本人が、警備員として働いていたのだろうか。なぜ、イラクで…。テレビでは、NHKが午前2時23分だかのニュースで流していた。その前に、どうも速報があったようだ。

 以前よりも、あまり大騒ぎしていないテレビ局の姿勢には、この間のイラク情勢をめぐる問題が反映しているようだ。つまり、イラク戦争をめぐる報道が、極端に減っている、消されている、隠されていることの反映。

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2005/05/07

こけおどし

 こけし、ではない。こけおどし、である。どうも、「すごい、すごい」とか、「おー、おー」と周りが騒ぐと、何か、すごいことのように思ってしまうことがある。
 例えば、吉本隆明氏が、「食」について語っている本がある。吉本隆明氏は、魚が嫌いで、肉が大好きだそうである。しかし、そのことが、彼の思想にどのような影響を与えているのかは、定かではないし、あまり関連性があるとはいえない。しかも、吉本隆明氏の育った家庭は、祖父母を含めての九人家族で、「大家族」とかいっている。ちょっと待てよ。戦前は、「大家族」など、珍しいことではない。また、家で年末に餅をついていたことを自慢している。田舎では、何も珍しいことではない。
 左とか、右とかを超えた「巨人」と囃したてられているが、ふつうの平凡なおっさんにしかみえない。まつりあげるのは、やめよう。一貫しているのは、吉本隆明氏が、子ども時代から、水で溺れていること。
 まあ、偉い人だからといって、何か特別なものを食って、偉くなったわけではない。

 しかし、逆のこともいえる。人間の体は、食べたものに、かなり影響されるという考え方が、最近、注目されている。例のBSE(牛海綿状脳症)の一件以来、どのようにして、感染性のたんぱく質が、体内にとりこまれていくか、などなど、けっこう、動物は食べ物に影響されていることがわかってきた。とすると、吉本隆明氏が、何を食べたかは、けっこう、吉本隆明氏の体をつくったことに通じ、たんぱく質の摂取を必要とする脳の活動である「思想」もまた、食べ物に影響されているといえはしないか。肉大好きのおっさんが、「反反核」なんて、いいだしたことがあったのは、なんとなく、筋が通っているような気もしてくる。

 となると、関西人は、たこ焼きや、お好み焼き、うどん、などの小麦粉によって、思想的に規定され、影響されていることになり、「いらち」あるいは、「いらんことしい」「つっこみ鋭い」「ぼけまくり」的な性格もまた、関西風の食生活の結果ということになったりする。

 とにかく、関西の記者たちの、JR西日本への質問を聞いていると、「あんた、そんなこというて、ええのんか」といいたくなる。あまり、自分のことは、棚にあげるのは良くない。「まあ、ああなるんも、食いもんのせいや」と思うとこ。

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2005/05/06

連休

 久しぶりに、2歳の息子と実家に帰り、のんびりすごした。案の定、新幹線は、グリーン車以外満席。ところが、このグリーン車はガラガラ。とくに、喫煙できるグリーン車となると、連休とは、無縁(ここで、駄洒落をいいたくなるのを、じっと我慢)。新大阪で下車する芸能リポーターを見た。おそらく、尼崎へ行くのではないかと見た。みとい○○○さんという、よくテレビで見かける人だった。

 2歳の息子は、同年代の子どもによくある「乗り物マニア」で、とにかく、見た乗り物、走り去る乗り物の名前を言おうと五月蝿い。わからないときは、「あれなんだ?」と、しつこく聞いてくる。でも、この、しつこさが大事なのだ。

 祖父の実家は、和歌山なので、せいぜい、華岡青洲の記念館を見にいった程度だったが、これが面白かった。世界初の麻酔による乳がん手術をした偉大な人物。西洋に40年、先駆けていた。展示されている青洲の字も、達筆で、力強い、いい字を書いている。今年一月、NHKで、華岡青洲の妻を描いた有吉佐和子原作の小説が、ドラマ化されていたから、また、人気が出ているようで、観光客も、そこそこいた。ドラマでは、「○○やのし」と語尾が不自然なくらいのセリフを連発していたが、実際、和歌山の中でも、「のし」言葉は、紀ノ川流域の限定らしい。

 少し、和歌山市へ行くと、「○○しよらよ」とか、「つれもていこら」の言葉になる。まあ、なかなか説明しにくい。

 そうそう、麻酔薬は、マンダラゲとか、トリカブトとか、毒草からつくるのであった。

 青洲が、門下生に出した、免許状のようなものとか、手術の前に書かせた誓約書とか、まあ、いまと変わらない。杉田玄白からも青洲へ手紙がきていた。なんでも、先生の高名は、江戸にまで知れ渡っています、うんぬんと書いてあった。

 華岡青洲の住んでいた家から見える山の風景も、なかなか落ち着くものだった。近くには、最近、新築されたばかりの高等看護学校があった。青洲にあやかったものだろうか。

 青洲が見ていた葛城山は、大阪・岸和田市からも見える。

 
 

 

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2005/05/04

そのとき、何をしていたか

 JR西日本の社員が、事故が起きた車両に乗っていて、けが人救出に加わらず、そのまま次の仕事に向かっていたことについて、NHKテレビのニュースをはじめとして、繰り返し報じている。問題は、だれが見ても、聞いても、ふつうなら、救出に向かって当然なのに、なぜ、救出に携わることができなかったのか、ということである。
 ここは、一つ、単純に利益優先と斬って捨てることはせず、考えてみよう。バッシングするだけなら、簡単なのだ。
 もし、私がJRの社員で、この事故に遭遇したら、どうしていたか。基本は、JRという「帝国」にいる社員が、いかなる状態におかれているか、ということなのである。陳腐な言い方を繰り返せば、社員もまた「被害者」なのだ。

 これは、他人事ではない厳しい問いである。つまり、歴史的に古くから答えの出ていない「そのとき、何をしていたか」という問題である。高レベルから低レベルまであるが、ここでは、あえて、高レベル(もちろん、人によっては、そう感じないことを前提のうえで)を論じてみよう。

 たとえば、1945年8月15日。大日本帝国の敗戦の日。獄中には、まだ哲学者の三木清がいた。そして、数多くの日本共産党員がいた。治安維持法で逮捕され、一方的な裁判で、監獄にほうりこまれた人達がいた。

 この日の出来事にたいして、「そのとき、何をしていたか」という問いをたてたのが、羽仁五郎である。彼は、日本人民が、その日、牢獄に捕らわれている人達を解放すると信じていた。しかし、実際は、そうならなかった。
 この問いにこたえようとしているのが、鶴見俊輔さんである。鶴見さんも、この日、湘南の方にいたというが、牢獄の中にいる人々を助けにいこうとしなかったし、考えもしなかったという。鶴見さんによると、ある女性が、監獄にいる人々を解放しにいこうとしたが、まわりにいる知識人が、それを止めたという。これは、小熊氏や上野氏による鶴見さんに対するロングインタビューをまとめた本に出てくる。

 なぜ、日本の多くの人々は、その日、牢獄にいる人々を解放できなかったのか。この問題を、他人事だというのなら、いえばいい。戦争にたいする責任というのは、あれこれと軽々しくいう人がいるが、ほんとうに、かわいそうとか、心情的に理解できるとか、いうレベルで考えていいものだろうか。

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2005/05/03

旧国鉄の敷地

 調査報道の得意な方々にお願いしたい。国鉄の分割・民営化にともなって、全国で、どれだけの土地が、企業に二束三文で売り払われたかを調べていただきたい。

 あの列車が激突したマンションは、かつて、レールが敷いてあったところ。つまり、旧国鉄の土地である。JRになってから二度も線路を敷き変えて、あの急カーブが誕生した。線路とマンションのあまりの近さにも驚きを禁じえない。

 「予告された殺人の記録」という、南米の文豪が書いた小説があるけれども、これは、まさに、「予告された殺人」に等しい。路線の変更計画の立案の際、地図に、すうーっと、線を引いた男の存在以前に、路線変更を「やれっ」と命令した上司がいる。さらに、その路線変更を認可した旧運輸省・建設省(現国土交通省)の役人がいる。
 その路線変更を突き動かしたものは、私鉄との競争らしいが、「利益優先が原因だ」との叫びも、テレビ報道で伝えられていた。

 こんなことを、ぐだぐだと、のべているだけでは、なにも改善しない。そのことだけは、わかっているつもりなのだが。

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2005/05/02

明日は我が身

 最近、頻発する事件、事故を、テレビで見たり、聞いたり、新聞で読んだりしていると、「明日は我が身」という思いを強くする。たまたま、別の人たちが、まきこまれたようにも感じる。偶然と必然の関係なのだ。

 BSEにまつわる騒動についていえば、すでにまきこまれている。アメリカの肉は、いやというほど、食べてきた。だから、もう食べなくてもいいとさえ思う。北海道で、「ウマイ、ウマイ」と食っていた肉ですら、店員さんから輸入ものだと聞いて、がっかりした経験がある。知らずのうちに、「状況」にまきこまれている。輸入が再開されたときのことを、考えて、今から、イメージトレーニングしている自分に気づいたりする。
 
 あのJR西日本の事故も、偶然と必然の鋭い関係を、容赦なく示している。あの急カーブ、あの古びたATS、あの40㍍のオーバーラン、そして、あのマンション。
 もし、マンションに激突していなければ、と考えるのは不遜だろうか。マンションが悪いわけでは、もちろんない。
 極端に論をすすめてゆくと、急いで通勤しなければならない社会への批判にまでゆきつきそうで、そうなると、スローライフを提唱したくもなる。しかし、急に、そんなことが、これまた、急に実現できるわけではない。新幹線ですら、カーブでの速度オーバーが、ふつうになされている。「狭い日本、そんなに急いでどこへいく」とは、1970年代後半の名文句だが、そんなに急がなければならない社会なのか。

 運転士も、ある意味で被害者である。起こるべくして、起きたといえば、それまでだろうが、「安全」「安心」に関する重大な欠落を示しているといえよう。資本の論理が絡んでいるのは、もちろんである。まるで、事故を待っていたかのような個所で起きたことについて、後知恵で、あれこれというのも愚かかもしれない。しかし、交通機関における事故は、時代がすすめば、被害が少なくなるというものでもない。

 また、人為的ミスを防ぐために、いろいろと労働者にたいする罰を増やしていっても、改善される訳ではない。

 JR西日本の対応にとどまらず、JR東日本もふくめて、事故がおきた際の連絡が、きわめて遅い。途中から乗車する乗客への配慮がない。なぜなのか。いまでも、改善されない。これは、これで、いずれ、重大事故につながると思う。国鉄・分割民営化の影響で、30代、40代の運転士が、ほとんどいないことも、ある意味で、中曽根元首相ら自民党がすすめた政治との関係を問いたくもなる。

 スペースシャトルの例もあるが、おそらく、将来的には、宇宙へ飛び出すときにも、このような重大事故の危険性とたたかわなければならない。それは、「安全」への徹底をつくしたかどうか、だけで解決がつかない面がある。

 以上を前提にしてもなお、今回のJR西日本の事故についていえば、明らかに、JR西日本の責任が大きい。なすべき装置へ交換していなかったのだから。国土交通省にも、監督責任があるのではないか。
 国鉄・分割民営化のときに、労働組合員の多くを切り捨てた影響は、安全面へ、如実に影を落としている。

 日本では、住宅と鉄道との距離が、異様に近い。例えば、かつて私が利用していた私鉄の南海電車などは、住宅街の中をすりぬけるような個所がある。車窓から見える洗濯物が、なまなましかった。今は、どうか知らないが…。それなら、それで、速度制限などの考え方を導入すれば、よいのではないか。
  
 重大な交通事故は、いつも労働環境と結びついていることにも、注意を向ける必要がある。人減らしとか、安上がりとか。同じ過ちを繰り返すのは、情けない。「私は、こんなところでは死ねないのよ」と生存者が聞いた被害者の言葉が、耳に残る。

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