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2005/04/28

TBSを少しほめたい

 「九条の会」記者会見黙殺に憤って、怒髪天をつく思いだったが、26日夜のTBS系「ニュース23」では、憲法九条を特集し、そのなかで、22日におこなわれた「九条の会」の記者会見を紹介していた。なんの注釈もなしに。

 しかも、なぜか、三木睦子さんと鶴見俊輔さんのお二人の発言だけが紹介されていた。すごい人選。政治家つながりなのだ。三木睦子さんは、いわずとしれた三木武夫首相の奥さん。鶴見俊輔さんは、かの「政治家」鶴見祐輔の息子。母方の系統も政治家なのだ。高野長英までさかのぼることができる。

 なぜ、澤地久枝さんや大江健三郎さんや小田実さんや加藤周一さんや奥平康弘さんの発言を紹介しなかったのか。
 でも、まあ、許そう。ほかのテレビ局は、まったくの「九条の会」無視であるから。TBSは、まだマシなのだ。悲しい哉。

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2005/04/24

またも「九条の会」黙殺

 大江健三郎さんや加藤周一さんらがよびかけ人となっている「九条の会」の記者会見について、またも、地方ローカル的ベタ記事扱い、あるいは黙殺、無視がおこなわれている。

 朝日新聞は、東京の一部地域で、第三社会面のベタ記事扱いだった。なぜ、「九条の会」の報道が、地方ローカルなのか。東京の三多摩など他の地域、神奈川や千葉では、「九条の会」が記者会見を開いたことすらわからない。あ然、呆然とはこのことである。

 当日の会見場には、「朝日」も「毎日」も「共同」も、その他大勢のマスコミがきていた。もちろんテレビ局も。

 これは、極めて、はかりしれなく、もういてもたってもいられないほどの、異常な状況である。
 いま、「しんぶん赤旗」を除く全国紙などのマスコミは、憲法九条改悪を黙認しつつある。安心して牛肉を食べる問題を詳しく報じない「朝日」「毎日」とともに、憲法のなかで、いわゆる「侵略戦争」容認まで、日本が突き進もうとしているとき、いまの報道状況は、犯罪である。

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2005/04/22

比喩と小説

 町田康さんの小説『告白』に、こんな比喩が出ていた。

 「猿が素麺を食ったのだけれども、誤って山葵の塊を食べてしまい、鼻がくんくんになるのを堪えているような顔」

 上方落語に通じている人ならば、この小説のテンポと比喩を、ぞんぶんに楽しむことができる。

 「人はなぜ人を殺すのか」という主題は、時代小説のかたちをとって、読む者に迫る。いわば、狂気の者に内在するようにして、殺人者の論理を描くのである。ドストエフスキーの「罪と罰」の町田版として、読むことができると思うが、どうだろうか。なぜなら、主人公の城戸熊太郎と憧れの君である女性とのふれあい場面が、いきいきと描かれているから。再生のチャンスをつかむか、逃すか。これは大きい。「朝日」にもいえる。

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2005/04/20

朝日新聞が箱島社長らを処分

 NHKが19日、鬼の首をとったかのように、朝日新聞の箱島社長以下の懲戒処分について報じていた。いわゆる武富士から「朝日」が5000万円もらっていて、記事に社名を載せず、写真展などを開催しなかった問題をめぐるものである。もちろん、フリーライター宅を盗聴していたサラ金会社から大新聞がカネをもらっていた道義的責任こそが、隠された大問題なのだが。

 テレビのニュース報道をみていると、「朝日」への怨みが現NHK幹部にも染み付いている。あの報道さえなければ、受信料支払い拒否も、拡大しなかったのに、というNHK幹部の怨念が感じられる。怨みは、悪のフォースの原動力になるのか。さすがは、新・八犬伝をかつて放映したNHKである(古いねえ、ある年齢層以下は、ついていけないでしょう)。どうやら、NHKが反省しない理由は、このあたりにありそうだ。

 「朝日」は、5000万円を武富士に返すという。武富士側にすれば、思わぬ臨時収入である。フリーライターをめぐる裁判で、武富士は高裁で敗訴しているだけに、この5000万円がゆくえも気になる。裁判費用の一部に使われてしまうのではないか。敵に塩を贈るとは、このことだ。
 「朝日」は、いわば、世論におされるかたちで、懲戒処分を発表した。今回、社長は減給処分のみで、辞任には至らない。軽い。二度とサラ金会社との癒着を繰り返さないことを求めたい。

 北健一さんの書いた『武富士対言論』(花伝社、2005年)を、朝日新聞社の幹部は、熟読すべきだと思う。北さんの本には、カネの力で言論、報道を動かせると考える者たちへの、痛烈な批判が書かれている。世界的大富豪とたたかう人間たちの連帯する姿が美しい。

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2005/04/17

アドルノと文学

 アドルノ先生(1903~1969)は、トーマス・マンの「ファウスト博士」に影響をあたえた哲学者としても知られる。アメリカへ亡命中に、マンと知り合う。このような哲学者と文学者の出会いが、日本であっただろうか。

 田辺元と野上弥生子という出会いはあった。しかし、田辺元に関していえば、戦前、教え子を戦場に送る役割を果たしたことで、戦後はぼろぼろだった。さらに、田辺哲学が野上文学に影響を及ぼした痕跡は明らかではない。往復書簡を読むと、田辺元の晩年は、「回心」をとげていた。そのことはあまり知られていない。
 サルトルの哲学は、大江健三郎氏らに影響を与えた。しかし、今、大江氏がサルトルに回帰するとは考えられない。むしろ、サイードを通じて、アドルノへ接近している。比較的、大江氏の作品には、西洋哲学者の名前が実名で登場する。名前が登場するのと、作品に影響を与えるのとは違う。

 文学と哲学との関係は、深いものがある。いわば、混沌とした、つかみきれないもの、割りきれないものをとらえようとする行為として共通するものがあると思う。自明なものを書く哲学、文学に、魅力がないのは、当たり前である。文学本来の魅力を取り戻そうとすれば、混沌の世界、時代に挑む必要がある。世界、時代を撃つために、文学者には、哲学が必要だ。

 人生が、E=mc2みたいな数式で表せるとしたら、ドストエフスキーの小説は、読まれることがない。2+2=4が死であると、このロシアの大文豪がいうように、わかったものとして世界を捉えることは危険だ。

 たとえば、恩田陸さん。「夜のピクニック」で描かれているのは、青春の哲学である。木下順二さん風にいえば、取り戻せないものを、どうにか取り戻そうとして書く行為といえるだろうか。1964年生まれの人なので、非常に親近感がある。
 第2回本屋大賞を受賞した「夜のピクニック」を読むと、フラットな文章の中に、彼女の哲学的知見がちりばめられている。油断のならない本である。隠し味として盛りこまれているので、露骨というほどでもないが、少し目立つほどにメッセージが伝えられる。日本文学では珍しい行為である。青春の一時期を、自明のものとして描かない作品を生み出してくれることを、少し期待している。

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2005/04/16

アメリカのリック・ラーセン

 「毎日」14日付に、米下院議員リック・ラーセンなる男が登場していた。ワシントン州選出らしい。2003年12月に、アメリカでBSE(牛海綿状脳症)の感染牛が発生したのもワシントン州。
 ラーセンなる男は、対日制裁決議案の提出者の一人らしい。
 たくさんウソをついているので、この人物には注意をした方がいい。利権がらみで食の安全を語ると、どういうことになるかの見本のようなお方である。
 一問一答形式の記事になっているので、興味のあるところをピックアップしてみたい。
 
 Q(毎日)米国は全頭検査をしていません。

 A(ラーセン)年間の牛の食肉処理は、日本は約130万頭に過ぎないが、米国は約3500万頭にも上る。生後30カ月未満の牛はプリオン蓄積が少なく、検査をしても、感染を示さない「陰性」反応となってしまう。限られた資金や人材を有効に使うため、検査対象を月齢の高い牛に絞っている。

 まず第一に、ラーセンなる男は、日本とアメリカの食肉処理の数を比較しているが、BSE問題とはまったく関係がない。検査が大変だといいたいようなのだが、アホとちゃうか。アメリカの人口は2億人を超えているはずだし、牛肉を食べる割合も、日本とは違う。そもそも牛肉でもうけようとしている国なのだろう。なんの努力もしないで、もうけようとは、日本型資本主義から見ても、それはおかしなことなのだ。
 いろいろといいたいことはたくさんあるが、次にいこう。ラーセンなる男は、生後30カ月未満の牛はプリオン蓄積が少ないなどといっているが、何を根拠にそういえるのか。科学者でもないラーセンなる男の言明を信じるほど、私はウブではない。「しんぶん赤旗」14日付3面をみると、山内一也氏が登場していて、日本の全頭検査では21カ月の感染牛が見つかったことを指摘している。「この牛が二十カ月で検査されていれば、やはり陽性になっていたと思います」と、食品安全委員会プリオン専門調査会の委員を務める山内氏がいう。イギリスでも生後20カ月で発症した牛が見つかっている。13カ月でも見つかった可能性があるとEUの報告書に書かれているという。
 ラーセンなる男の論法でいくと、30カ月未満は問題ないようにいっているので、こんなアメリカ牛の肉が輸出されたら危ないこと間違いなしである。
 どんな感染症でも潜伏期間には検査してもわからないという。BSEでは科学的データが限られているので、現在の知識で検査月齢の線引きを判断してくれと、科学者に判断を求めるのは無理があると、山内氏はのべている。そもそも、データの出し渋りをしているアメリカの下院議員が、30カ月未満の牛肉は安全であるかのようにいうこと自体がおかしい。
 もし、生後30カ月未満の牛にプリオン蓄積が少ないと断言できるのなら、それだけで、科学的な発見になるが、残念ながら、現在の科学水準ではプリオン蓄積が少ないとも多いともいえない。

 「毎日」の記事で、ラーセンなる男は、米国は20万頭以上の牛を検査してきたが、新たなBSEは発生していないという。これも、アホな言い方。発生していないのではなくて、発見できていないと言った方が正しい。しかも、これからアメリカでBSEが発生する可能性について、車にはねられる可能性と比較してモノをいっている。いま、2003年以前にも、アメリカでBSE感染牛がいた可能性すらとりざたされはじめているのに、車にはねられる確率と比較してモノをいうラーセンなる男って、そうとう危ない人である。しかも、「制裁以外の手段はなくなりつつある」ですと。
 こうなれば、意地でも、アメリカ牛肉は食わんぞ。
 

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2005/04/12

ニュース23の堕落

 12日の筑紫哲也ニュース23は、町村信孝外相を出演させていた。一方的に、好き勝手なことをべらべらとしゃべらせていた。
 確かに、支配層が何を考えているかを知ることは必要だ。しかし、町村外相の話に目当たらしいものはなく、新聞で報道されているとおりのことばかりである。町村外相の代わりに、NGOの代表を出演させて、日本の外交を論じてもらった方が、よほど、いまの問題がわかる。憲法九条を変えようというする政党から出ている外相が、国連安保理の常任理事国入りをめざすことが、危険でないわけがない。どうせなら、もっと突っ込んだ質問をすべきだろう。
 では、どういう質問をすべきだったのか。憲法九条をめぐる問題を、町村外相にぶつけるべきだったのだ。どういうわけか、加藤周一氏や大江健三郎氏らが呼びかけた九条の会について、まとまった特集番組はない。一部マスコミの間で、どうも九条の会を取り上げないような合意がある可能性がある。情けないことである。

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2005/04/09

主張を押しつける新聞?

 JR総武線電車の中吊り広告を見ていたら、毎日新聞が2枚分の広告を出していて、「主張を押しつける新聞はいらない」とのコピーが書かれていた(4月8日)。
 珍しい。JRの中吊り広告は、大体、常連さんで占められていて、割りこむことは、難しい。では、だれが遠慮して、「毎日」に「場所」を提供したのか。ひょっとすると、あの「信濃町」にある政教一致のカルト団体ではないかと疑っている。最近、『punpkin』とか『灯台』とか、その他もろもろの広告が、少し減ったように感じる。『潮』はあったような気がする。正確に調べたいと思うが、この4月、忙しくて、その余裕がない(だれか、調べてー! でも、ブログは書ける時間があるから、たんなる言い訳かも)。
 
 さて、「主張を押しつける新聞」とは、どこを念頭においているのか。どうも、「産経」とか「讀賣」を批判の対象にしているようだ。これからの新聞は、読者との交流でつくるのだという「毎日」の復活宣言か。それなら、別に新しくないが…。
 しかし、「毎日」は、他紙を批判できるか。昨年の年金問題のとき、ひどい「社説」があった。主張のあるなしというよりは、自民・公明政権をしっかり批判できる新聞かどうかが、いま問われていると思う。
 

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2005/04/07

本の販売戦略を斬る

 久しぶりに、ヒマダネを論じてみたい。書店について。
 先日、東京・新宿の紀伊国屋書店の南店の前を通りかかると、V6の誰かがきているとのことだった。若い女性たちが、集団でとぐろをまいている。おかげで、入り口へ行くのに難渋した。
 最近の書店は、品揃えよりも、タレントの握手会やらサイン会で、人を集めることばかり考えている。ただし、淳久堂(ジュンク堂)池袋店は、作家や詩人たちがセレクトした本を並べる有名人店長コーナーがあり、それはそれでおもしろい。この点で、ジュンク堂に軍配をあげたい。

 紀伊国屋書店は、新宿・三越に出店したジュンク堂を意識して、品揃えに改善のきざしが見え始めたが、専門書の品揃えは、相変わらず悪い。とくに、文学評論関係の品揃えも悪い。短歌や俳句、詩も虐待されている。以前よりもコーナーが縮小した。売れるものばかりならべていくやり方には、反発を感じる。3階文学コーナーは、あっちへいっても、村上龍、こっちへいっても村上龍という具合。幻冬舎の宣伝に乗せられているのか。電通が影にいるのか。どうも、広告代理店をつかっている臭いがプンプンする。最近は、書店の開店などに、電通の花輪が供せられるのを目にする。
 その疑いたるや、ゆえなしとしない。なぜならば、TBS系の「情熱大陸」で3日、わざわざ、村上龍の新作本『半島を出よ』上・下を担当した売れっ子装丁家を登場させていたからだ。あやしいぞ。あやしいぞ。なんかいやだな、いやだな。

 TBSが電通に弱いのは、以前、経営陣に電通の人間が送りこまれていたことからも明らかである。水戸黄門のドラマの脚本家も、電通が株をもつ制作会社のペンネームなのだ。詳しくは、『週刊金曜日』別冊ブックレット「電通の正体」を見てね。

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2005/04/05

実践 ブログジャーナリズム

 ブログのブログたるゆえんは、新聞やテレビでは伝えられない情報を伝えることにある。だから、結構、スクープだってあるのだ。
 ひたすら、新聞を読みこみ、テレビを見て、そこから漏れているものを報告するだけでも、かなりのものになるという気がする。

 例えば、宮内庁長官が、1日付で交代した。新聞は、どう伝えただろうか。

 このニュースをいち早く、天皇に弱い毎日新聞(なにしろ、本社ビルの目の前が皇居なのだ。その名もパレスサイドビル)が2日付で取り上げ、信濃毎日新聞など反骨(?)系地方紙も同日、取り上げた。さらに3日付で、毎日新聞の宮内庁記事を意識したような気配ただよう讀賣新聞が、宮内庁長官の人物紹介をやり、朝日新聞は、センテンスごとに違う情報を入れこむ得意の記事で、新しい宮内庁長官の人物象を伝えた。

 各紙とも、共同記者会見の成果を発揮して、趣味は、散歩だの、奥さんだけに読ませるエッセーだの、しょうもない情報が多いが、雅子さん問題など、宮内庁が今、何に関心をもっているか、ジャーナリズムが皇室問題をどうとらえているかが、わかるものだった。今回の交代も、明らかに雅子さん問題シフトである。
 朝日新聞は、新宮内庁長官が、旧厚生省で生活保護行政や保険行政に携わっていたことを無批判に書いているが、果たして、戦後の生活保護行政は、誇れるものだろうか。朝日茂さんの訴訟で知られるとおり、憲法第25条を守らせるたたかいをしてきたのは、国民の方である。「健康で文化的な最低限度の生活」をめぐり、「最低」な生活に甘んぜよと強要してきたのは、旧厚生省である。一体、そんな経歴の何が誇れるというのか。それにつけても、無残な年金制度である。
 信濃毎日新聞(4月2日付)は、新宮内庁長官が、汚職を働いた旧厚生省事務次官と仲の良かったことを指摘し、新宮内庁長官が、旧厚生省時代に戒告処分を受けていた過去を書いた。三大紙は書いていない。ここまでは、地方紙に軍配があがる。

 さて、ここからである。どの新聞も、宮内庁長官を選ぶのは誰かが書かれていない。誰が任命するのか、誰が選ぶのか。任期は何年なのか。なぜ、戦後、7代しか宮内庁長官がいないのか。
 「アドルノ的」筆者は4日、宮内庁に電話をかけた。午前8時25分。若い職員が出た。「どういうご質問でしょうか」と彼。「誰が宮内庁長官を選ぶのですか」「ええっと、ちょっとお待ちください」。この若い職員は、電話を保留にせず、となりの先輩職員と話し合っている。「私も知らないんですよ」とあれこれいっている。筒抜けである。
 宮内庁職員の中にも、宮内庁長官がどうやって選ばれるか知らない人がいた。ある意味で、健全なのか、間抜けなのか、その両方だろうと思うが、その若い職員は、「9時に担当のものが来るので、もう一度、電話をかけなおしてください」といった。
 私は、午前9時50分に電話をかけた。担当の職員が出た。その彼がいった。「細かいことには答えられません」。
「一体、何が細かいことなのですか」と私。「ですから、細かいことには答えられないのです」。
 「税金で働いている公務員たる宮内庁長官が、どうやって選ばれるかは、国民の関心事です。細かいことではありません」と私。「なぜ、税金と宮内庁長官が関係あるんですか」と担当職員は逆に質問してきた。私はあきれた。絶句した。そのとき、電話は、一方的にきれた。
 宮内庁は、その名のとおり、天皇のための官庁であって、国民のためのものではない。彼の答えを聞いて、そう思った。もちろん、別の意見をおもちの方もいるだろう。しかし、宮内庁に批判的な電話をかける人は少ないようである。いまは、故人となった日本史の研究者は、しつこく電話をかけていたそうだが…。

 こんな人たちに税金を使うのは、馬鹿馬鹿しい。無駄を省くというなら、宮内庁の予算を削れといいたい。

 私は、もう一度電話をかけた。「なぜ、電話を突然、切るんですか」。「いえ、質問は終わったと思ったものですから」と彼。「誰が宮内庁長官候補になるのですか。次長でしょう」と私。「そうともいいきれませんが、次長から長官になることは多いようです。次長以外もあったようですが」と彼。
 「宮内庁長官の任期は何年ですか」と質問したら、「任期はありません」という答えが返ってきた。「戦後、7人しか宮内庁長官がいないが、これは少ないのではないのか」と聞くと、「多いとも少ないとも、答えかねます」と彼。なかなかしぶとい。先の若い職員とは違う。歴戦の勇士である。

 われわれは、いま、任期がない新宮内庁長官の時代に生きているのである。

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