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2005/01/30

ある年代記

 さても、さても。昔、東京都渋谷区神南にNHKなるテレビ(電気紙芝居・電影)放送局がありけり。民を「皆様」と呼びながら、その「皆様」から「受信料」なる名目でカネをまきあげ、好き放題に番組をつくる人々なりけり。その首領、エビジョンイルなる愛称にて呼ばれ、会長なりしころは、デジタルハイビジョン(計数的高画質?)化に狂い、ときの政権党とつるみ、「公正・中立」「不偏不党」、「編集権」なる建前にて、放送直前での番組改竄を黙認す。あるいは、配下の者ら、「サメの脳」もつ首相に「神の国」発言の事後処理を指南する一件あり。あるいは、当時、NHK最高の視聴率獲得番組たりしところの「紅白歌合戦」の制作者らが、架空の請求書で番組制作費を横領し、隠れて酒池肉林(本来の意味は、酒や肉をたらふく食べる盛大な宴)まみれとなるにいたっても、経過めぐる国会でのやりとり放送せず。当のエビジョンイル氏、平気の平左で辞任せず。「受信料」支払い拒否五十万件に及んで、ようやく辞任す。さりながら、間髪置かず「顧問」なる立場におさまり就任三日後、六千件超す苦情電話によりて、またも辞任においこまるる。あな、をかし(好意的に興味をもつ意味の方)。
 かの一件は、「受信料」払う「皆様」軽視のツケが回りまわり、因果がめぐりにめぐって(NHK人形劇の八犬伝で頻繁に登場した論理)きたる結果によりたるものなりと見ゆ。ゆく河の流れはたへずして、かつ、もとの水にあらず。はたまた、おごる平家は久しからず、といへり。「義経」放送しながら、歴史に学ばざる者ら、歴史番組を歪める。なかなかなり。冬のソナタ、あなた状態のNHKは、…

 ここで、この奇妙な年代記の記述は途切れている。はたまた、年代記作者が牛丼の焼け食いで狂ってしまったとも伝えられる。まだ、テレビが「古代」に分類される時代の話である。…

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2005/01/26

NHK会長交代劇

 1月25日は、NHK「革命」記念日になるのだろうか。「ニュース10」では、トップニュースとして15分費やして海老沢勝二会長辞任を伝え、彼の会見とともに、新しい会長就任の会見も伝えた。新しい会長が、どのような方か、今一つ判然としないが、「技師長」なる肩書に、「あれ?」と思った方は、ほかにもいらっしゃるのではないだろうか。知識のある方に教えていただきたいのだが、技術畑のトップということなのだろうか。

 こころなしか、会長辞任を伝える「ニュース10」の男性キャスターの声が震えているような気がした。ラジオでテレビの音声を聞くと、意外に話し手の内面が声に表れていることがわかる場合がある。長井暁さんのコメントも聞きたかったが、NHKが流す訳がないか。しかし、NHKは、26日午前零時のニュースでも、一貫して自民党の安倍晋三氏による「朝日新聞」批判の動向のみを報道している。会長が交代しても、変わらないものは、変わらない。

 会長辞任を決定的にしたのは、受信料支払い拒否、解約の増加だった。海老沢氏自身も会見で、このことに触れている。これは、「讀賣新聞」の渡邊恒雄氏が、讀賣ジャイアンツのオーナーを辞任した際、「讀賣新聞」購読者の解約増加、日本テレビ系の巨人戦放送の視聴率低下が、引きがねになったのと類似する動きだと思う。渡邊氏は今に至るまで、この原因を認めていないが、少なくとも、辞任への動きを促したのは、周知の事実である。
 
 海老沢、ナベツネ両氏を辞任に追い込む動きをつくった国民は、健全な「選択」をしているともいえる。21世紀は、暗い時代のように思われがちだが、消費生活的実力行使で、着実に、ファンや視聴者を無視する動きに対して抗議し、歯止めをかけている。企業・団体のトップにいる人たちは、言動に注意する必要があるだろう。「たかが○○」とか、みずからの責任を棚にあげる「自分は悪くない」的な発言、すなわち、国民の意見を無視する発言に、多くの人たちは敏感である。今回の辞任・交代劇で感動的なことである。

 NHK辞任劇にも、現代日本社会の縮図が現れている。資本家および経営者にとって、つくった商品が思い通りに売れなくなる、流通しなくなることほど恐ろしいものはない。いくら大企業といえども、国民を無視しては衰退の道を歩む。日本経済を支える生産者であると同時に消費者でもある国民を無視したり、痛めつけては、みずからのクビを絞めることになる。読者や視聴者を無視して、ことを進める「人格化された資本」(ナベツネ氏、海老沢氏)には、手厳しい現実が待っている。しかし、ご本人たちは、そのことが、どうにもわかっていないようなのだ。そこが「人格化された資本」たるゆえんなのだろうけれど…。

 ただ、辞任した海老沢氏が、記者会見で、今後もNHKに影響力を及ぼすような話をしていた部分が、NHKのニュースでは強調されていなかった。むしろ、民放のニュースで、その発言が強調されており、注目した。どのように海老沢氏が、NHKへの影響力を保持していくのか、さらに、国会などで番組改変問題などを証言する場に出てくるのか、見ていきたい。ナベツネ氏も、讀賣巨人軍への影響力は、依然として保持しているのだから、その対比としても海老沢氏の言動は注目に値すると思う。

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2005/01/23

NHK政治介入⑤

 NHK教育テレビ「ETV2001 戦争をどう裁くか②~問われる戦時性暴力」をめぐる番組改変の経過を、具体的日付のわかるものに限定して追ってみよう。
 参考にするのは、一つの検証と、一つの証言である。
 一つは、NHKの元政治部記者、川﨑泰資氏が書かれた『検証 日本の組織ジャーナリズム』(共著、岩波書店、2004年)の第4章「なぜ番組を改竄したのか」に現れる具体的日付、もう一つは、NHK番組制作局教育番組センターのチーフ・プロデューサーの長井暁氏(2001年当時、ETV2001のデスクとして、改変されたシリーズ「戦争をどう裁くか」の制作現場の一切を取り仕切る立場にあった人物)の証言(「ETV番組改変事件について」2005年1月13日、東京都内のホテルにおける記者会見)に現れる日付である。
 以下、川﨑氏の検証を(川)、長井氏の証言を(長)として表す。

 2000年11月16日、NHK内で、「戦争をどう裁くか」に関係するスタッフの顔合わせと構成会議が初めて開かれた(川)
      12月20日、構成会議で、番組制作会社のドキュメンタリー・ジャパンの担当する2回目と3回目の基本的な編集方針が決定された(川)
 2001年1月13日、通常の試写(川)
        19日、NHK教養部長による異例の部長試写(川)→海外の法廷に関する報道を加え、アナウンサーのコメントをとり直して差し替えへ
        20日すぎからNHKに、電話、ファクス、Eメール等で放送中止を求める要求(川)      
        24日、部長試写会(川)→加害兵士の発言など削除へ
        27日、NHK放送センターの建物に右翼、約50人が乱入(川)
        同日、「維新政党・新風」メンバーが代表をつとめる団体メンバーが放送中止を申し入れ(川)
            「大日本愛国党」も街宣車で乗り付ける(川)
        28日、約20人の右翼が再びNHK放送センターに押し掛け、番組の放送中止を求める要望書手渡す(川)
        同日夜、NHK上層部によるシリーズ3回目の局内試写(川)
        29日午後、NHKの野島直樹担当局長は、松尾武放送総局長を伴って、中川・安倍両氏を議員会館などに訪ね、番組について説明を行い、理解を求める(長)→44分の番組が43分に。具体的には、①「女性戦犯国際法廷」が、日本軍による強姦や慰安婦制度が「人道に対する罪」を構成すると認定し、日本国と昭和天皇に責任があるとした部分を全面的にカットする②スタジオの出演者であるカリフォルニア大学の米山リサ準教授の話を数カ所でカットする③「女性戦犯国際法廷」に反対の立場をとる日本大学の秦郁彦教授のインタビューを大幅に追加する(長)
        30日、シリーズ第2回目放送の当日の夕方、松尾総局長は、さらに3分カットするよう制作現場に指示(長)→①中国人被害者の紹介と証言②東チモール慰安所の紹介と、元慰安婦の証言③自らが体験した慰安所や強姦についての元日本軍兵士の証言をカット(長)→43分から40分へ→放送

 詳しくは、川﨑氏の著書と長井暁証言の現物にあたっていただきたいのだが、川崎氏の著書で、番組改変への「自民党政治家」の関与が示唆され、空白の部分となっていた29日から30日にかけての番組改変の動きが、長井証言では、極めて具体的に語られているのである。長井氏は、この番組のデスクを務めていた人物で、改変の事実は誰よりも詳しく知っている当事者なのである。マスコミ関係者でないと、デスクの位置付け、役割がわからないのかもしれないが、デスクにことわりなく番組が変更されることもありえないし、番組に関するあらゆる情報を把握する立場にいるのがデスクなのである。
 長井証言では、自民党政治家とNHK幹部の会見は、伝聞として語られていたが、その後、安倍氏は、該当する番組についてNHK幹部から説明を受け、意見をのべたことを認めている(参考、2005年1月13日放送の「報道ステーション」ほか)。また、松尾総局長(当時)も、安倍氏に番組について説明したことを認めている。
 NHK幹部は、放送前に自民党政治家に番組について説明したことに、なんの疑問も感じていないが、番組制作スタッフは、29日に何かがあったことを、最近まで疑っていたのである。詳しくは、とにかく、川﨑氏の著作に、委細をつくして書かれているので、ぜひ、読まれたい。
 問題は、なぜ、放送直前になってまで、番組改変がおこなわれなければならなかったのかということである。 長井証言で指摘されている放送直前の番組改変では、決定的な部分の変更(昭和天皇の戦争責任を断罪するシーンのカット)が行われている。まさに、戦後史最大のタブーである天皇の戦争責任というテーマに斬りこむ、歴史的なNHK番組が、もろくもズタズタに、ボロボロに、見るも無残にされたことこそ、この問題の隠されたテーマなのである。
 2001年1月19日から、すでに番組改変の動きは進んでおり、自民党政治家たちによる影響はないのだという主張を展開されている方もいる。なかなか説得力もあり、有力な説だが、果たして、自民党政治家の影響がないと言いきれるのだろうか。なぜ、NHKは、自民党政治家に、説明にいったのか。受信料を払う者に、納得がいく形で、説明していただきたい。海老沢勝二会長も、辞める前に、きちんと説明してほしい。
 番組改変の経緯に詳しい元ドキュメンタリー・ジャパンの坂上香氏らの証言は、川﨑氏の著作にとり入れられている。しかし、注意しなければならないのは、坂上氏が詳しいといっても、ドキュメンタリー・ジャパンが番組制作から手を引いた2001年1月24日以降の動きについては、知らないのである。つまり、1月29日の動きについては知る立場にもいなかった。ことの経過は、「土壇場の再改竄」として川﨑氏の著作73ページ以下に書かれているので、何度もいうが、川﨑氏の著作をぜひ読んでいただきたい。長井証言が、川﨑氏による熱のこもった検証の空白を埋めるものであることが、理解できると思う。
 番組改変の一連の動きを見ると、右翼、自民党政治家、NHKの共犯、合作の色が濃い。はっきりいえば、右翼と自民党との間に境界線はあるのか? 自民党も右翼も、日本の「改変」を目指す目標は、同じである。右翼の背後には、彼らをのさばらせる資金源、応援団、仲間が控えている。 放送直前の番組改変の事実は、長井氏のような方が現れなければ、おそらく闇に葬られていた可能性が高い。勇気ある証言であるゆえんである。
        
        

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2005/01/22

中傷

 辞書を引くと、「わざと・(不当に)人のことを悪く言って名誉をきずつけること」を「中傷」の意味だと書いてある。
 「通りすがり」さんなる方が、私がNHK問題について書いていることについて、「中傷」だという。
 では、逆に、「通りすがり」さんに問い掛けたい。この「アドルノ的」では、NHK幹部は批判しても、NHKを不当に「中傷」していることは一切ない。過去のブログで、NHKの優れたアナウンサーたちへの賛辞の文を書いた。また、NHK大河ドラマ「新選組!」も絶賛した。ぜひ、お読みいただきたい。NHKには、すぐれた番組をつくる力が、他の民放とは比較にならないくらいある。子どもがお世話になっている教育テレビでは、温かい思いやりを教えてくれるストレッチマンとか、日本語の素晴らしさを教えてくれる「日本語であそぼ」、発想の面白さを教えてくれる「ピタゴラスイッチ」などなど、賞賛を惜しまない番組が多数ある。災害報道ではなくてはならぬ存在として「名誉」をかちとってきたと思う。だからこそ、NHKには、早く立ち直り、本当の「公正・中立」の立場にたちかえって番組を制作していただきたいのである。
 現在のNHK幹部と自民党政治家たちには、批判したいことがたくさんある。しかし、朝日新聞も十分に、彼らを批判しない。NHK幹部と自民党政治家は、「権力者」の範疇に入る人たちである。権力者を批判することが、「中傷」だというのなら、いくらでも「中傷」したいくらいである。ジャーナリズムとは、本来、権力の監視をすることが仕事のはずである。そのジャーナリズムの一翼を担うNHKが、権力者の意を汲んで、番組を改変させたとすれば、本来の仕事から外れたことをしていることになる。
 だから、NHKの受信料を払っている人たちは、今回のNHK問題の被害者なのだ。事実が歪められ、それが「本当」のこととして放送される恐ろしさは、大日本帝国憲法下のNHKで、一定の年齢層が経験したことではないのか。
 そんなことの「情報」も知らないで、他のブログに、もっと情報を集めろと命令するコメントを書きこむ「通りすがり」の輩こそ、「中傷」の意味を噛み締めるべきである。

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2005/01/21

NHK政治介入④

 NHKへの政治介入ではなくて、NHK幹部による「右翼的」政治指導での番組改変というふうに、問題の本質が明らかになってきただけに、もはや、朝日新聞対NHKの、しょうもない訴訟合戦には、まったく興ざめの感をもつ。喜ぶのは、自民党ばかりなりけり。
 しかも、「朝日新聞虚偽報道問題」などと、20日午後7時のニュースのテロップ並びに、アナウンサーが読み上げるに至っては、NHK幹部の「大慌てぶり」が見て取れるというもの。前日に放送された松尾某のお古の記者会見まで、長々と流す始末で、ここまで、問題をすり替え、前代未聞なまでに視聴者を騙し、惑わすことについて、NHK幹部には、反省の余地が、まったくないといって過言ではない。しかも、そのような小細工で、視聴者を騙せると考えているところが異常なのである。厚顔無恥の四字熟語を、NHK幹部に謹んで進呈したい。
 NHKと朝日新聞が、けんかしている間に、重要なニュースの報道が欠落していく。悲しからずや。

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2005/01/20

NHK政治介入③

 松尾某というNHK幹部の会見によって、番組改ざん問題の本質が見えてきた。松尾某は、朝日新聞を相手にして、会見場で怒りくるい、正義は我にあり的態度をとっているが、テレビ画面の前にいる「皆様」を前にして、なぜそんなに偉そうにできるのだろうか。完全に、土俵を間違えている。
 松尾某が、会見で話した中身を要約すれば、自民党にいわれなくても番組を改変したのだと主張しているにすぎない。権力に迎合し、権力に屈した報道機関の人間ほど、醜いものはない。罪も重い。ナベツネしかり、エビジョンイルしかり。喜ぶべきは、いままで隠れ、自民党とすでに一体のものに成り下がっていたNHK幹部の生の姿が現れたことだ。
 思想・信条の自由は、受信料を払っている「皆様」、人間にもある。われわれは、NHK幹部の思想、信条に服従したり、おつきあいする必要などない。編集権だ、編集の自由だといって、現実におこなわれたり、発言されたりした事実すら歪めて放送し、中立・公正を装うNHK幹部に、朝日新聞をワラエルのだろうか。つきつめていえば、ウソを平気でつくNHKの現状こそが、今回、一番恐ろしい点なのだ。
 少なくとも、2001年1月30日に放映されたNHK教育テレビの番組が44分から40分になった経緯について、「皆様」の側である番組出演者や、バウ・ネット・ジャパンの方々が、事実が著しく歪められたと訴えており、NHKを被告とする訴訟が続いている。当時から、現在まで、ネット上では、この問題に関心のある方々が、論じつづけてきている。ネット上での署名活動もあった。いろんなジャーナリストが、この問題を取り上げている。もはや、松尾某の一会見で反論できるようなレベルを超えているのである。
 NHKと民放が1997年に設立した第三者機関のBRC(放送と人権等権利に関する委員会)は、今回、問題となっているNHKの番組改変に関して、「放送倫理に違反する」との見解を2003年3月31日に発表している。客観的に、NHK側は、反省を求められている立場にある。みずからの違反を棚に上げて、朝日新聞を攻撃するとは、一つも反省していないとみえる。
 NHKは、もう一度、記者会見を開きなおして、朝日新聞にではなく、「皆様」に対して、きちんと説明すべきだ。

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2005/01/16

NHK政治介入②

 自民党の安倍晋三、中川昭一両氏によるNHK番組への介入問題に、NHKが、今、どのように対処しているかを見れば、ことの本質は、透けて見えてくる。事実を一つひとつ押さえてゆくだけで、問題を解くカギも見えてくると思う。
 まず第一に、13日に、NHK放送センターに近い東武ホテルで、安倍、中川両氏を告発する歴史的な記者会見をおこなった教育テレビのチーフプロデューサーの発言を、NHKがまったく無視していることである。告発を行なった人は、労組ではなく、管理職の立場の人間である。その彼が、実名を挙げて、海老沢勝二会長および自民党政治家を告発した。会見の中身は、番組制作にかかわった当事者だけに、番組のどの部分が改変されたのかについて、きわめて具体的である。関わった人間でないと知り得ない点が、多く含まれている。事実でないというなら、どこがどう違うのか、具体的に反論する必要がNHK上層部にはある。ところが、NHK上層部は、13日の記者会見の内容すら視聴者に伝えない。なぜ、伝えないのか。
 第二に、なぜ、NHKは、放送直前の2001年1月29日、安倍氏らに、番組の説明をおこなったのか。NHK側、安倍氏側も、認めているこの一点は、極めて重要である。なぜ、NHKは、安倍氏に、事前に、放送内容を伝える必要があったのか。
 第三に、NHK出身の川﨑泰資氏が、岩波書店から出した『検証 日本の組織ジャーナリズム NHKと朝日新聞』(2004年12月21日発行)の第4章で、今回の問題にかかわる点、すなわち、「なぜ番組を改竄したのか」を論じている。これに対して、NHK側から、なんの反論もない。川﨑氏は、限りなく詳しい人名を挙げて、きわめて具体的に解明している。しかし、川﨑氏の本には、政治家の具体的な名前が挙げられていない。ただ、『週刊新潮』の報道を引用した個所で、自民党議員の関与を示唆している。なぜ、NHKは、朝日新聞に抗議して、『週刊新潮』や川﨑氏に抗議しないのか。
 NHKには、少なくとも、受信料を払う「皆様」の疑問に答える義務があるはずだ。あれこれの疑問はNHKに答えてもらうほかないのである。

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2005/01/14

NHK政治介入①

 以前から指摘されていたNHKへの政治介入が、これほど、明らかになったことは、ないであろう。NHK教育テレビのチーフプロデューサーが13日、命がけ、涙の内部告発の記者会見を開き、2001年に放映された番組について、自民党の安倍氏と中川氏から、放送中止の要求をはじめ、天皇の戦争責任の部分に関する番組改ざん・改変の圧力を受けたことを明らかにした。きわめて、具体的なやりとりで、番組のどの部分が改ざんされ、44分番組が、43分となり、40分となったのかが、明りょうになった。 
 ところが、NHKは、13日午後8時45分のニュース番組で、早くも、この「事実」を否定してみせた。番組の改ざん・改変は、編集権の範囲内、番組編集の自由で、安倍氏と会ったのは、番組の前日および3日後だというのである。翌14日午前7時の「おはよう日本」でも、当事者なのに、客観を装って、事実ではないなどと、茶番コメントを繰り返している。NHKは、疑惑をつきつけられている当事者なのだが、自分で否定すれば、それが「事実」になるとでも思っているのだろうか。
 驚くべきことは、この政治介入ニュース報道に、NHKにコメントをズタズタにされた被害者、および当事者の民間団体の代表らのコメント、および、チーフプロデューサーの記者会見の事実が一切、織り込まれていないことである。
 13日は、自民党とNHKとの間で、この問題に対処するため、なんらかの対策会議がもたれていたはずである。13日午後8時45分のニュースから、NHKと自民党が「反転攻勢」に出てきた。おそらく、この時間まで、すり合わせをしてしたことになる。なぜなら、自民党・中川氏が、13日以前のコメントでは、番組以前からNHK側に接触していたことを認めていたのに、13日後は、ガラリと変わるコメントを発表しているからである。
 現在、放送されているNHK側のコメントでは、なぜ、編集権を行使して、番組が改ざんされたのか、何もわからない。

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2005/01/11

森敦との対話

 森富子さんの『森敦との対話』(集英社)は、一大傑作である。作家の森敦といえば、名作『月山』を書き、60代で芥川賞をとった、まくり一発人生の人である。横光利一に可愛がられ、壇一雄らと交遊し、小島信夫さんの『抱擁家族』にも、絶大なる影響を与えたらしい。文学を、放浪で深めた稀有の人である。
 1980年代は、テレビにもよく登場し、NHK教育テレビの「YOU」(古いですな。糸井重里とか荻野目慶子などが司会をしていた)などで、うさんくさい文学おじさんぶりをふりまき、あやしげな魅力を醸し出していた。そこでは、ヴァレリーのテスト氏について、語っていた。そして、「私は、ずーっと頭痛がしていたのです」とも語っていた。このことは、森富子さんの本には書かれていない。おそらく、森敦という人は、一人の人間から見ただけでは、描くことのできない、摩訶不思議な人間だったのだ。引っ越しに次ぐ、引っ越しで、森敦の晩年は、借家をあちこちにもっていることを自慢していたように思う。
 稀代の変人を間近で見た体験を、芥川賞をとる前後の評伝としてまとめた、この本は、貴重だと思う。
 森敦は、外国文学をかなり読みこんだ人だったようだ。トルストイとドストエフスキーで文学世界を二つに分けた。
 密閉小説と非密閉小説という分類。森敦が富子さんにおこなったこの説明は、実に、すぐれたものだ。どうすぐれているかは、森富子さんの本を読んでいただくほかはない。倍率1・25倍の小説などなど、とにかく、聞いた事のない文学論が、次から次へと出てくる。
 作家を奇人変人と思うのは、文学を理解しないだけなのだ。

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2005/01/07

ライヴにゆく

 東京は南青山にあるMANDALAへライヴを聴きにいった。一人では寂しいので、某作家の携帯を鳴らしたのだが、自動車運転中とかで出てもらえなかった。残念! もっとも、私が早く連絡すれば良かったのであるが…。
 プログラムは、北海道小樽出身、秋山羊子さんのピアノ・ヴォーカルで始まり、ヴォーカルのカワサキ タカヤさんwithピアノの荒武裕一朗さんのデュオ、渡邊奈央さんのピアノ・ヴォーカルで終わるという次第。<詩宵月>と銘打たれていたから、それぞれ歌詞にこだわりのあるシンガー・ソングライターたちの競演となった。
 なかでも、秋山羊子さんは、MANDALA初登場。一昨年、あるコンテストで優勝し、小泉今日子さんに歌を提供したこともある実力派である。絶叫調ではなく、北海道の大自然をイメージさせる微妙な息遣いの歌が特徴なのだ。語りのなかでも、インド洋大津波のことに触れていた。時代に敏感なのである。意外と、社会的事件にふれる歌い手は、日本では少ない。秋山さんは、歌詞を大切にしているようだ。客が吸うたばこの煙に妨害されて、のどを痛めていたのが残念である。ぜひ、また、MANDALAに登場してほしい。
 つづく、カワサキ タカヤさん、荒武裕一朗さんのデュオは、荒削りながらも、勢いで聴かせる感じ。ところどころ、面白い曲想も出てくる。3月にはCDも出すそうだ。
 トリをつとめる渡邊奈央さんは、ほぼ完成され、安定した印象を与える。声量豊かで、パンチが効いている。一本調子になりがちなステージも、「一人ぼっちのラーメン屋」や「最終兵器」と題する気晴らしの歌を披露したりして、客との一体感をつくっていた。背広・ネクタイ姿の中高年が、楽しそうに体を揺らし、笑顔で聴いていたから、実力は相当なものだろう。
 どちらかというと、本当はこぢんまりしたところのライヴがいい。MANDALAクラスになると、ライヴハウスとしてはメジャーで、歌い手さんたちが遠い存在になってしまう。晴れの舞台は、一筋縄ではいかないのだ。

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2005/01/05

漂流者(増補)

 インド洋大津波に遭遇し、インドネシアからマレーシア沖合まで、6日間(12月26日から31日まで)漂流した女性が、漁師に助けられた話が新聞で報じられている。8日間漂流した男性の話もあるらしい。
 漂流して助かった女性は、1メートルのヤシの木につかまり、海面に浮かぶ即席めんを食べて飢えを凌いだという。たくましい。テレビの映像を見ている人の多くは、なぜ、あの程度の津波で、あんなにたくさんの人が死ぬのかと思っているだろう。低い津波の映像が大半だから。しかし、波の力というのは、並大抵ではない。腰あたりまで漬かると、体の自由はかなり失われる。かつて、真鶴へ釣りに出かけたとき、干潮時に三石まで渡る際、時間に遅れて、腰まで海に漬かりながら渡ったときがあった。あせった。波にのまれてもおかしくない状況だった。危なかった。ましてや津波のスピード、威力を考慮すれば、とても立っていられるものではない。のまれたら、浮上するのは難しい。
 大津波の達する範囲は半端ではない。北海道南西沖地震(1993年)にともなう津波被害を受けた奥尻島の場合、津波の高さ13メートル以上(最高30.5メートル)は記録していると思う。しかも、まともに津波を受けた側とは反対側の場所で記録した。津波が島の周囲を回りこんで押し寄せてくるのである。いま、奥尻島には津波災害を記録する建物(奥尻島津波館)ができているので、機会がある方は、ぜひ見にいかれるといい。あの奥尻島ですら、いまだに不明者がいる。奥尻島は、海産物が豊かで、夏場などは、スキューバダイビングの穴場なのだ。きれいな海である。
 あまりにも大津波による死者が多いので、生還の話を聞くと、ほっとすると同時に、昔からある漂流話を思う。
 リンカーン大統領と会見したアメリカ彦蔵、ジョン万次郎、あるいは、ペルーまで漂流した人の話とか、漂流者たちの話には事欠かない。思えば、この国の政治も、ずいぶん前から漂流している。
 インド洋大津波は、日曜日だったことに加え、津波への警戒が呼びかけられなかったことも被害を大きくした。他人事ではない。

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2005/01/03

元日付新聞対談・インタビュー

 元日付各紙に掲載された対談やインタビューを記録しておきたい。連載の第1回も含む。100行に満たないインタビューは無視。

 【朝日】野村萬斎と宮部みゆきの対談
     三木谷浩史と星野仙一の対談
     高村薫と佐藤文隆の対談
     ポール・クルーグマンへのインタビュー
 【毎日】ジョン・ケネス・ガルブレイスへのインタビュー
     緒方貞子へのインタビュー
     三木谷浩史へのインタビュー
     マリ・クリスティーヌと渡辺貞夫の対談
 【讀賣】野依良治と橋本五郎の対談
 【日経】羽生善治と小林研一郎の対談
     塩野七生へのインタビュー
 【産経】三木谷浩史と中村仁美の対談
     フランシス・フクヤマと古森義久の対談
     谷川俊太郎へのインタビュー
 【地方紙(共同通信の配信を受けている)】
     鶴見俊輔と中村哲の対談
     サミュエル・ハンチントンへのインタビュー
 【神奈川新聞その他】
     カルロス・ゴ-ンと小泉純一郎の対談

 ごらんの通り、楽天のミッキーこと三木谷浩史のモテぶりが目立つ。また、朝日は、人気作家、宮部と高村の2トップで攻めてきた。新年対談常連の井上ひさし、加藤周一各氏ら「九条の会」メンバーが影を潜め、鶴見俊輔氏だけが登場するのみとなった。財界系では、カルロス・ゴ-ンが突出。アメリカ支配層の言論をリードするサミュエル・ハンチントンとか、フランシス・フクヤマにインタビューしているのは、あまりにも露骨で芸がない。そういえば、元日付以降で石原慎太郎を登場させる新聞もあるらしい。権力の監視などとは程遠い新聞など、読むに値しない。ブッシュ批判を展開するポール・クルーグマンを登場させた朝日は、これでバランスをとっているつもりかもしれない。讀賣は、対談ものが嫌いのようだ。取材した後の編集が難しいからだろうか。対談というより、愛知万博のキャンペーンなのが、毎日のナベサダ対談。各紙とも、「ひと」もので、愛知万博関係者を出してきたのは、電通からの圧力か。はたまた、遅れている宣伝を挽回するためか。
 日経の塩野インタビューは、少子化を食いとめるキャンペーンものの一環。ローマ帝国ですら、少子化対策には熱心だったことを考えると、いまの自民・公明政権のやっている大増税路線は、少子化に逆行し、ローマ帝国以下ということになる。
 「アドルノ的」に、面白かったのは、鶴見・中村対談だった。ちなみに、ローカルな「千葉日報」は、元日付紙面の対談記事について、同じ元日付紙面で、その対談の「訂正」を載せている。他紙の記事を転載するので、このように珍妙なことが起こる。 紅白の視聴率が30%台に落ちたことと合わせて、笑い話として記憶にとどめたい。    

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2005/01/01

新年の挨拶

 元日付の新聞各紙を読むのと、年賀状を読むことだけが楽しみ。あとは、買い込んだ本を読んでゴロゴロする予定。あとは、どんな1年にするか、ぼんやりと考えることだろうか。ブログを読んでくださっている方からも、年賀メールをいただいた。ありがとうございます。

 ウンチした様子で、「出た」と控え目に教えてくれた2歳の子どものお尻を洗っていて、ふと、地球上で一番不思議なのは、生命そのものだと思った。たんぱく質が、なぜ考えることができるのか。年々、単細胞生物に近づいてゆく我が脳で、考えるほかない。また、高齢でも複雑な思考を展開する偉人たちの脳についても興味がある。だれか研究してくださいまし! 「高齢でも…」というところがポイント。そんなこと言う前に、みずからの脳をもっと鍛えよという声も聞こえるような…。われながら個性といえない人格障害、「頭腐」状態である。危ない、危ない。

 昔、高校の数学の先生(京大の物理出身で、湯川秀樹に学んだことがある)が、「頭が腐るほど寝ている今の高校生は…」という表現を、校内紙に書いたりしていた。美しい数式を、美しく黒板に書き連ねてゆく先生の授業で、その言葉を聞いた私は、わざと先生に見えるように「頭腐」と数学の教科書に落書きした。すると、その先生は、その落書きを見つけて、怒るどころか、なぜか喜んで、「頭が腐ると書いて、とうふ。あっはっはっはっ」と、授業を中断して笑った。
 センス・オブ・ワンダーの1年になるように努力しよう。

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