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2004/10/30

取り違え?

 イラクの日本人人質事件で、30日未明から、大騒ぎをした遺体発見騒ぎ。どうも、香田さんでは、ないことがわかったようだ。では、一体だれなのか。50代の男性のようだという。可哀想に、何度も「はげ」「はげ」といわれて、身体的特徴をあげつらわれて…。しかも、香田さんの家族の気持ちを、ずたずたにして…。残酷である。
 香田さんは、現在、どうなっているのか。日本政府は、犯行グループとは一切、接触できていないことが判明したようなものだ。しかも、米軍の情報を鵜呑みにしているだけ。日米軍事同盟の実態とは、こんなものなのだ。

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外務省・高島報道官の会見

 NHKおよびNNN24ノンストップニュースで、外務省・高島肇久報道官の会見を見てみよう。

 30日午前4時の会見
○29日午後、バグダッドの日本大使館に米軍から、バグダッドとティクリットの中間に位置するバラドという場所で、日本人らしい遺体が発見された。香田さんと特徴が一致する部分があるとの情報が伝えられた。
○小泉首相に電話連絡した。
○香田さんの家族に、午前2時半の段階で連絡したという。
○ティクリットから遺体をカタールの首都ドーハに運んでいる。
○日本時間の午前4時から5時にドーハに到着するのではないか。
○カタールの日本大使館員がドーハで遺体の到着を待ちうける。
○クウェート日本大使館の医務官もドーハに向かう。
○ヨルダン・アンマンにいる外務副大臣も可及的速やかに、ドーハに向かう。
○どのような状態でいつ発見されたかは、伝わっていない。
○後頭部の特徴が一致する。似ている。
○首が切られたということではない。
○犯行グループからの犯行声明などの情報に接していない。
○外傷についての情報は得ていない。
○衣服については、わからない。
○アメリカ軍がいつ遺体を発見したのかについて定かな情報はない。

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殺されてしまったか

 30日午前3時、ニュース速報で、アメリカ軍の報道官からの情報として、イラクのティクリットとバグダッドの間で29日、アジア人の遺体を発見したと報じている。アメリカ第1歩兵師団が発見し、ティクリット近くの遺体安置所に搬送したという。
 「イラクで遺体 香田さんの可能性も」というテロップとともに、NHKが、震災報道を取りやめて、イラク人質事件のニュースを放送している。
 ヨルダン出身で、アフガニスタンなどで活動してきたザルカウイの集団に、香田さんは、殺されてしまったのか。

 午前3時21分、NHK記者が総理大臣官邸から中継をしている。細田官房長官と総理大臣秘書官が詰めているという。朝鍋辰博記者が伝えている。
 同 3時22分、外務省から中継。「悪いニュースが入ってきた可能性がある」との情報。外務省のオペレーションルームで町村外相らが情報の確認をしているという。
 NHKの取材によると、逢沢外務副大臣は、午前2時半ごろに、議員宿舎で情報を聞いていたらしい。

 午前3時34分、NHKの別府正一郎記者が電話で状況を説明。NHKの電話取材に米軍が答えたという。
 午前2時前、外務省に情報が入ってきたらしい。

 午前3時39分、ヨルダンのアンマンから中継。アンマンにいる外務副大臣は、何も情報をつかんでいないもよう。
 
 民放は、通常どおりの番組を放送していて、ニュースなどに切り替えていない。
 午前3時45分、NNNノンストップニュース(日本テレビ系)は、米軍が身元を確認中であるとの情報を流している。
 午前4時から、外務省の高島報道官が記者会見をおこなうという。
 政府筋は、「香田さんの可能性が高い」と述べているという。

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2004/10/29

元気だ、木田元

 木田元さんという1928年生まれの哲学研究者がいて、『哲学の横町』(晶文社)なる本を書いている。というか、いままであちこちに書いてきた文章を一冊にまとめている。三省堂の国語辞典第四版を見ると、「よこちょう」は、「横町」で、「横丁」の用例の方を載せていない。表通りから横へ入ったまち(通り)とあるから、哲学の「表通り」から横道へ入った四方山話を意図していることがわかる。何も国語辞典など引かなくても、というなかれ。この「横町」具合が、なかなか曲者なのである。
 大体、この哲学者の名前からしてあやしい。「きだ・げん」という名前を早口でいうと、「元気だ」になる。あやしい。そうでなくても、「猿飛佐助からハイデガーへ」なんて、へんてこな本も書いている。好きな評論家・作家も、小林秀雄とか、太宰治とか、山田風太郎とか、高橋克彦とか、あやしい。この哲学者に、あえて見出しをつけるとすれば、「スウィングするフィロソファー」だろう。
 木田さんは、ハイデガーや現象学の研究者として知られている。『哲学の横町』でも、ハイデガーについて書いた文章が中心をなしている。ハイデガーの「存在と時間」について、年季の入った読み方をされていて、この本を読んだ後は、いままで、ハイデガーという人物に抱いてきたイメージが一新されてしまった。もちろん、ナチズムとハイデガーとの関係にも触れている。
 木田さんは、アドルノ先生の本も翻訳されているので、無視できない存在である(何も、存在を否定している訳ではなくて…)。しかし、一体、哲学者とは何者なのだろう。木田さんの場合は、やはり「哲学研究者」ではないか。「哲学=生き方」とすれば、木田さんのように、生きることは難しい。
 例えば、鶴見俊輔さんは、日常生活の中に哲学を見つける。木田元さんは、本の中に哲学を見つける。小林秀雄と日本帝国主義との関係には触れなくても、ハイデガーとナチズムとの関係には触れる。そういうところが「横町」的だ。「あいまい」ということと「哲学」は両立するのか。「あいまい」を許容する「哲学」はあるのか。なぜ、日本の現状について沈黙していられるのか。いろんなものを、ただ面白がっているだけでいいのか、などなど。平和な世の中なら、「元気だ、元気だ」ですむのだけれど、そうはいかない。哲学を勉強している人たちに聞いてみたい。

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2004/10/28

地震についての空想

 たとえば、地震の予知が、十分可能になったとしよう。あまりにも現実が深刻すぎるので、こんな駄話をするしか私には能がないのである。不謹慎を承知で書く。
 何時何分とまではいかないが、明日、地震があると、前日にわかったとしよう。そこまでわかれば、長足の進歩である。人々は、その日をどうすごすか? 当然、建物の中にいることはできない。また、当該地域から脱出することになる。ここで、相当な大渋滞が発生する。あらかじめ地震が起こるのがわかっているから、もっていきたい荷物も増える。荷造りが大変である。そこで、やはり、必要最小限のものだけをもって逃げることになる。そのことを促す呼びかけがなされる。
 具体的には、震源地から何十キロの範囲には、入ってはならないという警報・勧告がなされる。土砂崩れが発生しそうなところにも、近づいてはならない。もしも、地震が発生する場所に病院があれば、そこに入院している患者は、移動しなければならない。あるいは、もし拘置所や刑務所があれば、そこにいる人たちも、いくら「死刑囚」とはいえ、移動しなければならない。交通も遮断され、地震発生地域へ入ることはできない。仕事も休み。学校も休み。店も休みである。水道、電気、ガスなどのライフラインも供給を停止する。
 準備万端整って、地震発生のその日を待つ。無人の街に地震が起こる。建物が崩壊する。やはり、被害が出ることは、未来においても避けられない。しかし、人々は、人命が損なわれなかったことをもって、よしとする。
 地震災害とは、わかっていても被害が出るし、対処が難しいものである。わかっていても、避難できない場合があるかもしれない。だから、みんなの助け合いが必要なのである。

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2004/10/27

映画スウィングガールズ

 勤め先の同僚(年下の若い女性)に、「面白かったですよ」とすすめられたので、映画スウィングガールズを見てきた。周りの人から、面白い本や映画を「おすすめ」されるとホイホイと買ったり、見てしまう。しかし、ことのほか、「はずれ」が少ないので、「おすすめ」に素直に従うことにしている。
 矢口監督の映画を見るのは初めてである。ウォーターボーイズなどの映画で知られる監督である。周防監督の坊さんものやダンスものの系統に近く、さらにいえば、伊丹十三監督が切り開いた異業種・専門家の世界シリーズ(葬儀屋さんとかラーメン屋さん、マルサ)的な作品に分類することができると思う。

 つまり、日常と非日常を交錯させて、そのなかから、人と人との結びつき、さらにいえば、なかなか世の中捨てたものではないよ的な世界観を、じっくり、たっぷりと展開する日本映画の系譜に属する作品と言い換えることもできよう。もちろん、作品自体は、そんなに単純でもなくて、さまざまな人間像、哲学が隠されている。

 さて、くだんの映画を上映している映画館へゆくと、妙なビニール袋や紙袋をもった高年齢のおっさんが、隅っこの席に座って、睨みをきかしている。映画の内容は、いま風高校生姉ちゃんたちのジャズ精進物語である。客層の狙いとしては同世代か20代、30代なのだが、意外な客層が見に来ている。平日の昼間だというのに、背広を着た勤め人風のおっさんやら、どんな仕事をしているのか推理の難しい白い上下の服をきたおっさんとか、とにかく、おっさんだらけであった。かくいう私も、おっさんの一人なのだが…。
 見てみると、笑い50%、涙20%の感動作品だった。隅っこの高年齢のおっさんも、ひぇひぇひぇと笑いころげている。私も笑いを堪えきれず、肩を震わせた。ことに、ジャズのビッグバンドを、実際に音楽素人の出演者たちが演じ、楽器を吹き鳴らすとあって、素朴で、みごとな映像美を生み出している。プロの演奏より、素人の演奏の方が、なぜ感動が大きいのか。まことに不思議である。そういう体験を何度もしてきた。
 世の中は、スウィングするものと、そうでないものに分けられると、登場人物の一人が、憎いセリフをはく。人間を二つの類型に分類する行為自体が、妙に哲学的で、ドストエフスキー作品の登場人物的に深遠に響くのだが、監督のメッセージは単純ではない。人間は、だれでもスウィング、つまり、共感しあえる存在として捉えられているところが良い。
 素性のわからない、あの白い上下の服を着たおっさんも、映画パンフを購入し、映画館の出入り口付近で開いて熱心に読んでいた。おっさん族の一員として、その気持ちは十分理解できた。おっさんたちは、孤独なのだ。
 唯一、気に入らないのは、フジテレビと電通が、この映画の制作に関係していることである。30%分、感動が薄れたのは、そのためである。世の中には、フジテレビ、電通が嫌いな人間と、そうでない人間がいるのだ。

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2004/10/26

どう考えたらよいか

 天変地異が多すぎる。短期間に、こう続けてたたみかけられては、どこで、だれが、どのように苦しんでいるのかすら、わからなくなってくる。恐るべき台風23号の被害の前にも、確か、台風被害があったし、その前の台風でも被害があったはず。そして、今回の新潟中越地震。
 いわゆるライフラインの水道、電気、ガスなどが断たれると、たちどころに満足に生活ができなくなるのは、新潟だけ之話ではない。しかも、新潟と同じ北米プレート上に住む、亡命関西人の私にとって、他人事ではない。
 テントを張る生活や、自動車の中で暮らす生活は、たまにするから耐えられるのであって、いつもいつもテント暮らし、自動車暮らしでは、たちどころに苦しくなる。
 電気がなければ、テレビも見れぬ。電池使用の携帯ラジオやテレビ、テレビつき携帯電話なども必要になってくる。
 火の確保という点で、練炭や豆炭などの活用があってもいいと思うが、最近は自殺の道具と化す始末。屋外ならば、炭を活用できると思うが…。
 近くに信濃川という川がありながら水不足、米どころだけれど食べ物がない、などなど。現代日本の生活は、再構築する必要があるのではないか。
 小学校の体育館での生活は大変だ。床からジワッと冷たさが来るし、よく音が響く。快適などというものとは、程遠い。テレビで見ているだけではまったくわからない現実がある。知らず知らずのうちに、みんな高血圧になっている。
 そこで、一気に結論をいうと、被災者にたいしては、避難生活場所として、国民宿舎や簡保の宿などを提供することを提案したい。また、空き家の公団住宅など、首都圏には、ごまんとある。ニセ温泉騒ぎがあった温泉街は、格安で宿を提供してほしい。地震から逃れることができない土地柄なのだから、なんらかの場所を一時的な避難場所として使える手だてが必要ではないか。ストレスを抱えた生活の苦しさは、やはり想像を絶するから。避難場所として小学校、体育館というのは、もう間尺にあわなくなってきている。

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2004/10/25

小椋桂、恐るべし

 NHKアーカイブスで「小椋桂の世界」を取り上げていた。1976年11月の放送のリバイバルだった。放送当時、11歳であった私も、このNHK特集をよく覚えている。現在、大学で物理学を教えている3歳上の兄が、晩御飯の後、この日のテレビを熱心に見ていた。どの歌も、みんな、ある哀調を帯びていることに気づいた。ほかのチャンネルに切り替えてほしいと思っていた「怨念」が、記憶を鮮明にしているのである。
 小椋桂さんの本名は、「神田紘爾」。この番組を改めて見ると、小椋桂さんの奥さん、子どもの映像も出てきたりして、いまでは考えられない。おそらく、いまなら、家族を紹介する映像は、カットされていただろう。中村雅俊さんとか、あべ静江さんとか、由紀さおりさんとかも、コンサートを聞きにきていたのだった。このドキュメンタリー風の映像は、映画エルビス・オンステージの雰囲気に似ている。番組のプロデューサーの手法を垣間見ることができる。
 あるホームページのデータをもとに、この番組について、もう少し詳しくいうと、1976年10月、小椋桂がNHKホールで初めて開いたリサイタルの密着映像で、会場は超満員。11月のNHK特集放送時は、31・2%の高視聴率を記録したという。 そして、小椋さん本人は、コンサートは今回1回限りなどといっていたのだった。
 雑誌の『週刊AERA』が、小椋さんを取り上げたとき、その恐るべき体力について書いていたのが印象に残っている。バスケットボールなどをしても、息切れしないという風に。しかも、あんなに、たばこを吸っていた人間が、還暦を過ぎても、いまだに、年100回を超すステージをこなしているのである。

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2004/10/24

お登勢(前進座の芝居)について

 23日は、前進座劇場へ、「お登勢」の観劇に出かけた。文楽人形(木偶)を器用に操っているのが、前進座の俳優さんたちなので、驚いた。ふつう、文楽人形は足だけで3年、頭とか手とかだけで8年とかいわれている難しい人形操作を要求されるのに、なんとか破綻なくこなしている。恐るべし前進座。芸達者の人たちがそろっている!
 脚本がジェームス三木さんなので、主役の浜名実貴さんも、コミカルな味をだすべく奮闘していた。中村梅雀さんや中村梅之助さんが出演している芝居で、主役を張るのだから、浜名さんも大したものだ。声もいい。文字もよめない娘の役だが、実は、なかなか難しそうだ。どちらかといえば、藤山直美的な演技が要求される芝居。アホ役を演じるのは、きわめて高度の演技力が要求されるのだ。女版フォレストガンプと見たが、今後も、磨きをかけて再演してほしい。
 幕末の男女三角関係話なのだが、NHKの大河ドラマ「新選組!」にあやかってか、時代背景はわかりやすい。
 中村梅雀さんが抜群に光っている。うますぎるくらい。声も父親ゆずりでよい。木偶から素早く人間に切り替わる場面での、体から発散される雰囲気、線の美しさは、図抜けている。並大抵の努力ではないなあ。前進座の芝居は、梅雀さんを見るだけでも値打ちがあると思う。

 話はかわりますが、中日ドラゴンズが優勝しそうな年には、天変地異やら政変が多いのはなぜですかな。

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2004/10/22

1270年前の遣唐使

 第九次遣唐使に参加していたらしい「井真成」なる人物の墓誌が中国・西安で発見されたとして話題を読んでいる。毎日新聞夕刊10月21日付に、日本古代史の研究者、鈴木靖民氏が、だれであったかを推理しておられる。へたな推理小説より面白い(と、こういう感想を漏らす度に、一体、へたな推理小説とは具体的に何かが思い浮かぶ訳ではない。誠にうしろめたい)。
 鈴木氏は、「井真成」は「唐名」で、実際の「日本名」は、現在の大阪府藤井寺市あたりに本拠をかまえていた「井上忌寸」という姓をもつ一族の一員だったのではないかと推理する。ひょっとすると、いまでも親戚が住んでいるかもしれない。意外と近鉄バファローズのファンだったりして…。
 井上靖の「天平の甍」にも、鑑真を迎えにゆく留学生(るがくしょう)たちが登場し、阿部仲麻呂も登場人物の一人だが、さまざまな紆余曲折をへる様が描かれている。前進座の芝居でも、現地の中国人と結ばれる留学生も演じられていたように思う。「宇宙戦艦ヤマト」でいえば、イスカンダルのスターシャと結ばれる古代守みないな感じか(古いなー)。遣唐使に選ばれるというのは、エリートなのである。
 「井上忌寸真成」氏が、なぜ、36歳の若さ(昔は、若くなかったかもしれないが)で病没しなければならなかったのか。どんな病気かも謎である。結婚はしていなかったのだろうか。中国を頻繁に訪れる官僚、ビジネスマンたちの先輩だったことだけは「間違いない」。
 

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2004/10/20

アメリカの地方紙

 アメリカでも、地方紙が奮闘している。じっくり、しつこく、ねばっこく、執着して取材を続ける記事が地方紙に多いのは、日本と同じのようだ。
 「毎日新聞」19日付で、「ベトナム戦争下での住民虐殺を暴いた米地方紙」がピュリツァー賞を受賞したことが報じた。なんと37年前の虐殺事件を、米オハイオ州トレドの「ザ・ブレード」が暴いたのだ。8カ月に及ぶ地道な取材だったという。
取材のきっかけは、昨年、病死した米陸軍犯罪調査部の元高官が、「ザ・ブレード」記者のために残した書類の箱だったという。この元高官は、メディア嫌いで知られた人物だったというから面白い。固定観念は禁物である。人と人とのつながりが、スクープを生むお手本のような事例である。
 
 米軍犯罪を追及できるのは、なぜか、アメリカの地方紙に多い。例えば、1995年10月8日付で、「在日米軍基地で米兵の性犯罪が最も多発している」ことを告発したのは、米オハイオ州の「デイトン・デイリー・ニューズ」だった。なぜか「ザ・ブレード」と同じオハイオ州だという点も面白い。こちらも8カ月に及ぶしつこい取材の結果だったという。
 意外と、二つのスクープは、同一人物からの情報提供だったりして…。

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2004/10/19

報道ステーション

 米軍再編について、古舘伊知郎氏の報道ステーションが奮闘している。18日から特集を始めた。
 テレビ朝日の記者が、キャンプ座間(神奈川県)に移転を予定している米陸軍第1軍団司令部を米ワシントン州に飛んで、現地取材していた。すでに、座間移転の準備を始めているとの証言も得たようだ。自衛隊も、イチローのいるワシントン州の演習場で、実弾砲撃訓練を展開している様子も詳しく伝えていた。キャンプ座間の司令官も、現地で自衛隊の訓練を視察していた。税金の塊である砲弾を、人殺しの訓練用に撃ちまくる90式戦車の映像には腹が立ったが、あの戦車は、いつ日本からアメリカに運びこんだのだろうか。
 また、日米安保条約第6条の「極東条項」について、米陸軍第1軍団司令部の幹部は、日米安保条約を改定する必要があるなどと、こともなげに語っていた。実態の方が、「条約」を飛び越えてしまっているので、あんな軽々しい言葉が出てくるのだろう。
 アメリカの軍隊の「司令部」が日本に来ることの意味を、よーく考えてみなければならない。
 

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2004/10/18

ばっかり食い

 TBS系列のブロードキャスターを見ていると、久保純子さんが不自然な笑顔(いわゆるお愛想笑い)を常時浮かべているので、TBSの雰囲気になじめず苦戦しているなあと、同情したくなるところだが、TBSには、TBSのカラーがある。おなじくNHK出身の草野満代さんみたいに、ガラスの仮面化してしまえばいいのに、久保さんの場合、妙に、周囲の雰囲気に無理に同調しようとする癖みたいなものがあって、テレビはそれを如実に伝えている。ご本人に早く気づいていただきたい。人の良さが邪魔をしているといえば、ほめすぎになるだろうか。
 なんというか、へんにもじもじ恥ずかしそうにしている系のアナウンサーがTBSには多いと私は思っています。テレビ朝日系あたりになると、開き直りで演技している感じがするし、フジテレビ系になると、怖いニュースの後でもすぐ笑顔になったり、ねっとりした目でニュースを読み上げたりするので、本当にニュースを理解しているのかと不安になるし、日本テレビ系は、やたら原稿をゆっくり、まったりと読み上げるし、思想的なものを別にして、NHKのアナウンサーは、比較的、やはり訓練されていたのです(過去形)。
 その伝統を崩壊させたのが久保純子さんで、本来は、ニュース番組ではなくて、動物ものとか、バラエティー向きのタイプなのに…。

 前置きが長くなりすぎた。本当は、ブロードキャスターをほめようと思っていたのだ。「ばっかり食い」なるものを紹介していて、大変、勉強になったのである。子どもたちの間に、ごはんの食べ方に変化が起きていたのだ。全然気づかなかった。どうも、家族一人ひとりが「孤独な食事」をする関係で、親たちの食習慣(口中調味)が子どもに伝達されなくなっているようだ。回転ずしの、いわゆる「軍艦」のイクラを、イクラだけまず食べて、海苔をはがして海苔だけ食べて、最後に酢飯だけ食べるという子どもの映像には、たまげた。あんなことをしたら寿司の意味、概念、かたち、文化が崩壊してしまうではないか。西洋人たちの日本食の食し方と、そっくりなのも番組では追いかけていて、面白かった。番組スタッフのみなさんには、意外な日本文化の一面を教えてくれたことに、感謝したい。
 崩壊しているのは、NHKのアナウンサー文化だけではないようだ。
 

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2004/10/15

ホリエモンのライブドア潰し

 プロ野球への新規参入をめぐり第2回ヒアリングがおこなわれた。プロ野球組織(プロ野球機構)側は、「アダルト・サイト」を理由にして、ライブドアを落選させる作戦に出てきたようだ。彼らにも知恵者がいるのだな。社会的イメージの悪さをアピールすることで、みっきーの「楽天」一本に絞る作戦に出たようだ。
 ホリエモンのライブドアは、いわば、ドラえもんの「どこでもドア」みたいなもので、どんなコンテンツも取り込んでしまう。インターネットは「社会」の縮図だから、運営する側に明確な基準がない限り、参加してくる人々のモラルが問われる。閉鎖的な運営をすれば参加者は減る。プロ野球組織は、ライブドアの弱点を突いてきたのだ。
 政治的な発言を拒むサイトも存在しており、その方が、ずっと問題だと思うのだが、それはさておき、利潤追求型ネットの運営者にとって、「アダルト・サイト」問題は対処しにくいものだろう。対処のしにくさは、迷惑メールの「傾向」とも一致する。
 では、みっきーの楽天はどうか。インターネット型市場経済の宿命として、彼らもまた、「アダルト・サイト」にとどまらない深刻な問題を抱えているはずである。企業が企業を審査するみたいなことをしているプロ野球組織は、「市場経済」の問題など眼中にないのだろう。楽天とて、出品された商品が、「命がけの飛躍」の末に売れなければ、存続も危うくなるのである。楽天側にも「アダルト・サイト」の質問はなされたようだが、「本人確認・成人確認」をしているとのコメントを黙認している。しかも、NHKの7時のニュースでは、ライブドアのみに「アダルト・サイト」の問題があったかのように報道されていた。
 ライブドア対楽天の一件で、不平等社会日本の実像を見せつけられている。日本は、すでにインド顔負けのカースト社会になっているのだ。財界の一員でないものは、企業にあらず、か。

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2004/10/14

裁判の傍聴席

 不思議に思っていても、なんとなく、そのままにしていることがある。なぜハンコを押さなければいけないのかとか、なぜ連帯保証人制度があるのかとか、なぜ銀行に預けてあるお金を入れたり出したりするだけで手数料をとられなければならないのか、なぜサラ金のCMがどんどん増えているのかとか、なぜ新聞販売店に多量の新聞が押し付けられているのか、なぜ結婚して戸籍をつくると、どちらか一方の名前に変えなければならないのか、なぜ中国人、朝鮮人など日本の侵略戦争で被害を受けた人たちが救済されないのか等々。こうした疑問を執拗に追いかけてくださっているのが、フリージャーナリストの方たちだ。
 同じような疑問に、なぜ裁判所の傍聴席に、記者クラブ専用の席が設けられていて、他の傍聴者を排除しているのかというのがある。裁判所において、人間は不平等なのだ。
 ジャーナリストの寺澤有さんが、裁判所の傍聴席について「記者クラブへの優遇は違憲」だとして、東京地裁に提訴した。国に慰謝料など約250万円を求めているという。
 「毎日新聞」10月13日付によると、寺澤さんは、昨年4月、元北海道警の警部の覚せい剤取締法違反などの判決公判を札幌地裁で取材しようと、傍聴席と判決要旨を地裁に求めたが、拒否されたという。
 フリージャーナリストの仕事を妨害する暴挙は依然として続いている。というか、記者クラブの加盟社だけに席を割り当てるのは、まったくもって不可解である。時折、舟をこいでいる記者を見かけることもある裁判所の傍聴席だが、およそ全国どこでも最前列付近の、いわゆる「かぶりつき」的な場所が指定されている。
 傍聴者が殺到する公判では、くじびきに参加せず、楽々と法廷に入ることができる「大新聞」の記者たち。おかしいなあ。みなさんも、ガラガラの法廷では、どんどん記者クラブ専用の席に座って、裁判傍聴の権利を行使しよう。

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2004/10/12

私が目撃した有名人

 しょうもない話シリーズ第二弾。私が目撃した有名人。こんなことを書いている場合ではないのだが、「しょうもない」と銘打てば、なんでも書けてしまうのである。なんとも情けないではないか。

 で、まず、漫画家の楳図かずおさん。JR中央線の特別快速の満員の車内で目撃。おそらく、八王子の自宅から中野の事務所に向かう途中だったはず。1990年代の半ばごろだった。ピンク色の幼稚園児がもつような形のカバンを肩から下げていたので、間違えようがない。まさしく本人そのもの。「僕らはみんな14歳」の歌は、実に鋭い。本人の意図は別にして、日米軍事同盟にしばられた日本人の姿をいいあてているのではないか。楳図さんを見ると、外見的にも、天才と凡人の違いがくっきりする。

 次に、小説家の高橋源一郎さん。これまた中央線の車内。ガラガラの車内なのに、なぜか吊り革をもって立ち、広告の文字をひたすら読みつづけていた。本がたくさん入りそうな、底深いショッピング袋を床に置いていた。しかも、7人がけの座席には私しか座っていないのに、その私の目の前に立ち、二駅の間、ずーっと広告を読みつづけていたのである。高橋源一郎さんの耳は、実に特徴のある耳なので、これまた間違えようがない。この目撃も、1990年代後半である。

 さらに、大晦日の晩に、囲碁の棋士、小林光一さん。これも中央線の車内。しかも、私が本を読んでいる姿を指差して、「電車の中では集中できるんだよ」などと、隣の女性と会話していた。指を差された私は冷や汗が出た。あの女性は再婚相手だったか。割と普通の顔をされているので、周囲の人は、あまり気づいていないようだった。これまた1990年代。

 すこしマイナーになるが、哲学者の今村仁司さん。これも中央線。カントの本(独語)を読んでいた。読み方の集中の仕方がすごい。車窓には目もくれない。ひたすら文字を追いつづけている。おそらく、『純粋理性批判』か『判断力批判』だったと思う。分厚い眼鏡をかけていた。

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2004/10/11

ガンツ先生と上杉鷹山

 しょうもない話シリーズのはじまり、はじまり。といっても1回で終わるかも。
 「がんばれロボコン」という、石森章太郎(その後、石ノ森章太郎)原作(1975年)の、着ぐるみが活躍する番組があった。テレビ朝日系で、1970年代後半に放送されていた。サザエさんの声を長年つづけている声優(加藤みどりさん)も、俳優として出演し、島田歌穂さんがロビンちゃん役で出演していた。われわれの年代、いや、その筋では、有名な番組である。確か、超合金モデルのおもちゃも発売されていた。
 いまでも印象に残っていることがある。ガンツ先生というドイツ語名の教師ロボが、いろいろな生徒ロボたちを指導していくのだが、口癖が、「なせば成る 為さねば成らぬ何事も 」だった。番組終わりの歌にも、この文句が登場する。ちなみに、歌っていたのは、水木一郎さん。濃いねえ。さらにいえば、ガンツ先生役の声優さんは、バビル2世の「ロデム」の声でも有名ですね(ほんとに、しょうもない話で申し訳ない。こんな話をしだすと、切りがない)

 山形県出身の人は、わかっていたのであろうけれど、あれは、上杉鷹山の言葉だったのだ(まあ、山形県人でなくとも、わかるかも)。

 「なせば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」

 宮城県出身の石ノ森章太郎は、山形県の英雄、上杉鷹山(ほんとうは九州出身)をモデルにして、ガンツ先生像を組み立てていたのか。いまとなっては、確かめようもないが、「がんばれ ロボコン」には、「高度経済成長」を背景にした経済的なテーマが隠されていたのかと、愕然としているのである。恐るべし、石ノ森章太郎。
 詳しい情報はこちら

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2004/10/10

ハリー・ポッターとクリントン

 書店にうずたかく積まれていたハリー・ポッターシリーズの売れ行きが芳しくないらしい。同じく、アメリカのクリントン元大統領の回想も。
 ハリー・ポッターものは、とてつもないベストセラーを記録してきたことを受けて、今回も、とてつもなく初刷を増やしたのが誤算の原因だろう。時間をかけて、増刷を重ねていくことで、売れ行きを伸ばしてきたのに、いきなり、書店にうずたかくつまれたのでは、神経を逆撫でされる。
 次々と映画化されるだけに、映画ですませる人が出てきてもおかしくない。ただし、読んだ人間にいわせると、本と映画では雰囲気がずいぶん違うという声が大勢を占めている。本の魅力も捨てがたい。映画に登場する俳優たちは、どんどん成長して年を重ねている。雰囲気を保つにも無理がある。
 さらにいえば、あれだけ売れているのに、2冊セットで買わせる商法など、本の値段が高すぎるのだ。1冊ずつ売るとかしないのか。不況、給与減で、小遣いの中で本代に費やす支出も減っているのである。
 ハリー・ポッターものの知名度は抜群である。売れることがわかっているのなら、値段を下げるのが、良心的な出版社というものだろう。
 
 もう一つの売れない本、すなわち、ホワイトハウスで恥ずかしいことをしていたクリントンの本なんて、だれが読むのだろうか。朝日新聞社の記念事業としては、大きく目算が外れた。クリントンは、大したことのない大統領である。クリントン時代も、イラク空爆は続いていた。
 朝日新聞社は、良質な本もたくさん出している。しょうもないアメリカの大統領の本ではなくて、国内のジャーナリスト、ルポライターのものを紹介する方に、もっと力を注ぐべきではなかろうか。アメリカでベストセラーになったからといって、日本で売れるとは限らない。

 いずれも、カネに目が眩んで、読者の姿が見えなくなっていることの見本である。

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2004/10/09

台風一過

 台風22号が過ぎ去った。道路に、引き裂かれた木の枝が横たわっていた。甘い茶のような匂いがした。あの植物独特の匂いは、一体なんなのだろうか。なんの成分か。

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2004/10/08

あっぱれ、イチロー

 モチベーションが下がることを理由に、イチローが、国民栄誉賞を辞退したという。あっぱれ! イチローは、不滅の262本をさらに超えることを目標としているようだ。痛快、河内山ソウシュンですな。
 小泉純一郎の人気とりに利用されるような「賞」には、ありがたみはないよー。
 
 それにしても、あの、午後7時のNHKニュースの「イチロー双六」がなくなって寂しいなあ。畠山アナウンサーらが嬉々としてイチロー等身大のパネルを動かしていた姿も、抱腹絶倒ものだったのに。大リーグ記録を超えたときには、高い台の上にパネルを載せて、祭り上げていたのも、笑えた。
 ノーベル・スポーツ賞を創設して、イチローに授与してほしいですなあ。それでも、やはり、イチローは辞退するだろうなあ。モチベーションの大切さを、改めて認識した次第。
 

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2004/10/06

1歳9カ月になる子ども

 まもなく1歳9カ月になる子どもは、かなり語彙が増えてきた。いつのまにか、「えっ?」と思うようなことも理解する。子どもが言葉を習得する過程は、非常に興味深く、外国語を習得するときの参考にしようという向きもいる。言葉の早い遅いは、子どもによって千差万別だという。モノと言葉が結びつけば、子どもは、言葉を覚えることに意欲的になるようだ。わかろうが、わかるまいが、どんどん子どもに話しかけることが大事なのだ。
 といっても、男の子だからだろうか。バス、飛行機、救急車などの乗り物には、鋭く反応する。テレビのニュースのちょっとした合間に映る渋谷の風景に、バスが通ろうものなら、「バス!」と大きな声でいう。発見する遊びをしているのだろうか。
 いたずらをして、へらへら笑っていたり、こんなこともできるよと得意顔になったり。親みずからには、あまり記憶にない子ども時代をわからせてくれるだけでも、ありがたい存在である。

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2004/10/05

「ニュース23」も15年か…

 筑紫哲也のニュース23に、坂本龍一氏が出演していた。さまざまな人たちの言葉を収録した『非戦』の監修後も、いろんな方法で、現代へのメッセージを送りつづけている。
 今回は、ビデオメッセージと音楽を組み合わせたコラボレーションのようだった。
 「反戦」「非戦」という言葉をあえて使わず、WAR AND PEACE というあたりが、坂本龍一氏らしい。坂本氏が語っておられたが、ありきたりな表現だと拒絶反応を起こされるからだという。言葉を練らなくてはメッセージは届かないとも話していた。
 紹介されたビデオには、藤原帰一氏とか、よしもとばななさんとか、ミスチルの桜井和寿氏とともに、ふつうの若い人々が出演していた。いわゆる有名人と比べて、ふつうの人々の言葉、姿がよかった。なかでも、東京から沖縄へ移り住んで喫茶店を経営しているという若い男性の姿が印象に残った。男性の経営する喫茶店は、米軍ヘリ墜落事故現場のすぐ近くだった。落ち着いてコーヒーも飲めないと、集会などに参加するようになったという。最近のニュース番組では、出色だったのではないか。最終的には、日米軍事同盟に疑問を投げかけることになる話が織り込まれていたのだから。出演者を募集していたサイトはこちら。閉鎖せずにいてほしいですなあ。
 番組後半で、月曜プラスワンとかなんとかで、細野晴臣氏や高橋幸宏氏らも出演していた。ライディーンや東風なんて演奏しなかった。当たり前だけど。
 

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2004/10/04

『週刊金曜日』の「電通」連載

 マスコミのタブーとなっている広告業界のガリバー、「電通」について、『週刊金曜日』で連載がはじまっている。第1回は、オリンピックと電通との関わりだった。連載が鋭いものになるかどうかの決め手は、電通と自民党とのつながりにメスを入れることができるかどうかだろう。おそらく、北村肇・新編集長の肝いりで始めた連載だろうから、新編集長の腕前を占うことにもなる。
 朝日、毎日、讀賣など、電通とお付き合いがあるだけに、紙面で電通の悪口は書けない。広告料収入が減れば、いまの朝日、毎日、讀賣は、古い言い方をすれば、「斜陽化」するのは明らかである。
 私見によれば、電通は、きわめて、「政商」的な企業である。本社ビルは、ハリウッド映画に出てくるようなセキュリティーを備えていると、もっぱらの評判である。外部の者を徹底的に排除している。情報が漏れ伝わることが、あまりない。選挙のたびに、自民党の宣伝を請け負っている。戦後、「鬼十則」をつくった伝説の社長は、60年安保闘争のときにも、裏で自民党のために動き回っていた。うさんくさい「電通」に、ぜひとも痛打を浴びせてほしい。

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2004/10/03

国土交通省はどうなる?

 公明党・創価学会の北側一雄が、国土交通大臣になったので、どないなことになるのかと、新聞をあれこれ見ているけれど、さっぱり見えてこない。利権の巣窟、伏魔殿、建設会社との蜜月など、あれこれ書くかと思ったけれど、どこも書かない。税理士にして、弁護士、池田大作の門下生で、創価高校、大学の一期生だということは、書いているところはあるけれど、これからどうなるのかは、わからない。公明党から訴えられるのを恐れているのか。
 恐らく、聖教新聞や公明新聞に、建設会社の広告が増えることだけは、予想できる。また、国土交通省の職員も大変である。公明党のごきげんとりなど、しなくていいですよー。
 年金改悪で、厚生労働省の大臣ポストをつづけられなくなったという事情もあるだろう。坂口力は、ずいぶん、ひどいこと、やりまくった。14年間連続で、収める方の厚生年金保険料が値上がりしていくなんて、詐欺である。公明党支持者のみなさんは、厚生年金保険料が上がっていくのを、どう見ているのでしょうか。
 児童手当を拡充したなんていっているけれど、今度は介護保険料を負担する世代を、40歳前の年齢にも広げようとしている。驚くのは、赤ちゃん時から介護保険料を負担させる案もあることだ。揺り篭時代から介護保険料を払わせるなんて、アホの考えることだ。子育て世代の負担は、介護保険料の負担増で、さらに増えることになる。「ふつう」の新聞は、もっと、こんなことを、どんどん書くべきだ。
 『第三文明』を宣伝する電車の中吊り広告にも、週刊ダイヤモンドの「ずさんな創価学会特集…謝罪」がどうたらこうたら、うんぬんかんぬんとあったけれど、形容詞「ずさんな」の係り具合が、ご愛嬌である。誰があんな雑誌を買って読むのだろうか。そういえば、JRも国土交通省の管轄下。なんとも、恐ろしい。

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2004/10/02

ウイルス除去

 アメリカの球場でもIT関係の企業の広告が目に付く。最近もイチローがベンチに引きこむたびに、ウイルス除去ソフト企業の広告が映る。最近も、スティンガーなるフリーソフトが出た。ものすごいスピードでスキャンしていくよー。昔使っていたノートンさん、いわゆるシマンテックの製品もなじみ深いけれど、一般的には、みなさん、どんなソフトを使っているのでしょうか。
 とにかく最新のウイルス一覧なるものを見ると、悪さの仕方がさまざまで、ウイルス対策だけで、一企業が飯を食っていける事情というものも、なんとなくわかる気がする。でも、ひょっとして、チャップリンの映画「キッド」みたいなことになってやしないかと不安でもある。あの映画では、子役のジャッキー・クーガンが窓ガラスを次々と割り、その後にガラスを背中に背負ったチャップリンが売りにきてもうけまくる。つまり、ある企業がウイルスをばら撒いて、そのウイルスを除去すれば、商売が成立してしまうのである。おー、こわー。

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2004/10/01

可哀想な讀賣新聞

 讀賣新聞9月30日付に掲載された『週刊文春』の広告を見て、ここまでやるかと思われた方も多いのでは…。ナベツネの顔写真を塗りつぶし、巨人軍桃井球団社長の名前を隠し、ナベツネ帝国の逆襲の文字を消すなどなど、やりたい放題。文字に埋没していた三木谷浩史社長の顔を、ちゃんと復元しているところがすごい。手がこんでますぜ。
 ここまでやるなら、広告の掲載を見合わせればいいものを、塗りつぶしてすまそうという神経がわからない。これで、広告料をもらえるのだろうか。讀賣新聞を取り巻く不思議な世界を垣間見た気がする。
 そもそも、塗りつぶしたところで、『週刊文春』の現物を見れば、わかるのだし、電車の中吊り広告を見れば一目瞭然。最近では、イラクの日本人人質事件で、札幌の地下鉄が、『週刊新潮』の中吊り広告に紙を張りつけて、該当部分を見えなくしたことが記憶に新しい。
 見えないと、余計気になるし、見たくなるのが人情。そんな心理学のイロハもわからないのが、讀賣新聞なのだ。でも、まあ讀賣新聞読者のみなさんは、案外、こんな馬鹿ばかしいことを楽しんでおられるのかもしれない。倒錯的な楽しみといえようか。アドルノ先生なら、どんなコメントをするのだろうか。ナベツネへの忠誠心の表現であるとか、隠すことにこめられたさまざまな意図、思惑、狙いをねちねちと分析していくような気がする。
 ともあれ、讀賣新聞の過剰反応を見ると、楽天との一件は、図星の面もあるようだ。

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